FC2ブログ
累計: 現在:

鉄道楽日記465

鉄道楽日記465

更新予定日は毎週月曜日になりました。

おいでませ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

オリジナル小説NAGOYA2200(プレリリース版)バックナンバー

01_02_03_04_05_06_07_08_09_10

11_12_13_14_15_16_17_18_19_20

21_22_23_24_25_26_27_28_29_30

31_32_33_34

中二病では無い!
中二魂だ!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

最終回です。
いやぁ、ついに迎えることが出来ました。
感慨深いです。

明日から、食いっぱぐれないように資格試験に
向けて勉強を始めたいと思っています。

書くことは生まれ持った原罪のようなものですから、
ぼちぼち何かを書いていくんだと思います。

ある程度まとまったら、ここ以外の何処かで
公開したいと考えていますが、全ては未定です。

だから、今回をもって鉄道楽日記も最終回です。

それでは、最終回までお付き合い頂きありがとう御座いました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

NAGOYA2200第35話(プレリリース版)

 事件から三日が経つ。
 あの直後に庭で警察に保護された杜若と桜は、すぐさまデビットの所有するマンションの一室に入った。
 元居た広大なお屋敷と比較してしまうと手狭に感じてしまうのだが、ここはワンフロアぶち抜きの高級マンションである。
 桜が運動不足解消に飛んだり跳ねたりするには充分な広さのリビングも備えている。
 ちなみに、瑞穂は人手不足が深刻な退魔課に武装士として復帰している。
 今回の騒動の首魁たる氷澄絹翁が倒れたのだから、もう護衛の任を解いても良いだろうという判断。
 現状、杜若には桜が常に側に居る訳だし、丹如と来島という熟達の術者も控えている。
 仮に氷澄の残党が報復を企てたとしても、彼等を掻い潜って杜若に辿り着くなんてことは考えられない。
 吉岡杜若は完璧に守られている。
 そう言えば聞こえはいいが杜若本人からすれば外に出ることも許されない軟禁状態である。
 だが、当の本人は何か不平を言う訳でもない。
 絹翁襲来の一件は杜若に大きな精神的ショックを与えていた。
 シアンや屋敷の使用人達の死、自らに内包する巨大な力の発露。
 箱入り娘の杜若が受け止めるにはどちらも重過ぎる。
 元来の引っ込み思案も手伝って、引き篭もってしまうのも仕方無かろう。
 本当は無理矢理にでも外に連れ出してやれば多少は気も紛れるだろうが、彼女の身の安全を考えるとそれも出来無いので心苦しい。
 血の繋がりは無くとも愛娘。
 父デビットも時間が解決するに任せるしか無いと考えているようだ。
 周囲もこのデビットの判断を過保護とは言わない。
 それだけ絹翁が起こした一連の騒動は世間に相応の影響を与えていた。
 現場となった吉岡邸は庭を含めた敷地丸ごと郡警察によって規制線が張られ、神祇省名古屋支部と郡警察退魔課が共同で調査と障気の除染を進めている。
 現場で収容された遺体には悪霊化の危険性が高く、すぐさま儀礼処理を施した上で荼毘に荼毘に付された。
 こんな早急な措置は異例なことであり、霧島善六もシアンの遺体との対面は叶わなかった。
 その上、事件の被害者の埋葬先は秘匿されるという異例尽くめの対応である。
 余程手の付けられない酷い状態だったのか、それとも何らかの陰謀が絡むのか真相は闇の中である。
 郡警察は氷澄家への対応も早かった。
 氷澄絹翁の起こした事件に対し、氷澄家に反乱扇動罪を適応し摘発したのだ。
 本来なら物証も何も揃わぬ無茶な状況であったが、無理な道理を通せたのも霧丘家が裏から各方面に手を回していればこそ。
 霧丘家と氷澄家。
 何世紀にも渡って対立を続ける因縁の間柄である。
 氷澄家の近年におけるあからさまな弱体化に加え、一気に叩き潰す千載一遇の好機が巡って来たのだ。
 この際、多少強引であっても霧丘家が動くことも頷ける。
 もちろん、立場が真逆であったなら、氷澄家は全く同じことをしたに違いない。
 ところが、事態は意外な結末を見ることになる。
 郡警察が氷澄家に乗り込んだ時には既に、氷澄家の実力者の殆どが死亡していたのだ。
 氷澄本家の屋敷にて、当主、後継者候補、分家当主が一堂に会して死亡していたのだ。
 何とも不可解極まりない状況である。
 もちろん、術者の立場から見れば何らかの禁術を用いたことによる代償なのだろうと容易に想像がつく。
 ただ、氷澄絹翁が何を目論み、氷澄家を滅ぼしてまで成そうとしたことは何だったのかは判らないままである。

 氷澄継興にとって全く生きた心地のしない三日間であった。
 ついには名駅スラムで膝を抱えたまま、何もかもが終わるのを、ただひたすら待ち続けていた。
 絹翁に身体を乗っ取られ、おぼろげな意識の中であったものの、自分自身とんでもないことをしでかしたという自覚はある。
 彼が完全に自分を取り戻した時、目の前には燃え盛る吉岡邸があった。
 最早、取り返しのつかない状況であることは理解していた。
 しかも、既に周囲には警察の退魔師達がウロウロしているではないか。
 もちろん、彼女達が継興の言い分を聞き入れるとは考え難い。
(僕は何も悪いことはしてないのに……)
 継興自身はそう思っていても、いくら絹翁の真の目的を知らなかったとはいえ、客観的に見れば充分加担していたと言える。
 決して全面的に被害者面出来るような立場では無い筈だ。
 だが、この時の継興にそんな理屈を説いたところで考える余裕など微塵も無かっただろう。
 死にたくない、捕まりたくない、頭の中でグルグル回るこの二つの言葉に従い逃げ出したのだ。
 現場から何処をどうやって逃げて来たのか、実際のところあまりよく覚えていない。
 名古屋の司法制度では霊能犯罪者に裁判を受ける権利は無い。
 これは犯罪を犯した術者をいちいち拘束収監していては施設も人材も足りず、費用も莫大となってしまうからである。
 だから裁判所が霊能犯罪者に対する死刑執行命令を下し、警察の退魔師が現場で執行するという形が取られている。
 つまり、指名手配されればほぼ死刑確定なのだ。
 継興のような半端な実力でも氷澄の術者であることには変わりは無い。
 警察の退魔師にいきなり背後から斬られることだって無いとは言えない。
 恐怖に脅えながら路地から路地へ逃げ続けた。
 辿り着いたのは名駅スラム。
 ここは司法権も及ばぬ番外地。
 警察も滅多なことでは足を踏み入れない。
 その代わり基本的人権という概念も無い。
 生きるも死ぬも全てが自己責任である。
 だから、犯罪者、無戸籍児、密売人、破産者等々社会に居場所の無い者達が集まる。
 まるで名古屋という都市の吹き溜まりのような場所になっている。
 言わば混沌。
 その中に継興も飲み込まれて消えて行くのだろう。
「あらあら、何とも酷い状態ねぇ……。もう少し遅かったら、他の浮浪者との見分けが付かなくなってたわねぇ……」
 継興に声を掛ける者がある。
 もう、何もかも諦めて名駅スラムの物陰で座り込んでいるのだ。
 出来れば放っておいて欲しい。
 継興は億劫そうに顔を上げた。
「君か……」
 そこに居たのは白川瑠奈だった。
 彼女は氷澄絹翁が九州から呼び寄せた天才術者。
 先日の騒ぎに際しても、しっかり陽動の役目を果たした。
 まだ若くお嬢様育ちで我儘。
 継興はしっかり手を焼かされたが、今となってはどうでもいいこと。
「どうして、ここが判ったんだ……?」
 継興はまたすぐ地面に視線を落とした。
 まるで見付けられたことが恨めしいと言わんばかりの態度だ。
「忘れたの……? 私の光翼天輪を使えば造作も無いことよ……」
 瑠奈は継興の心境など全くのお構い無し。
 自分の都合が最優先。
「私、熊本に帰ることにしたの。だから、あなたも付いて来なさい」
「何で……?」
 あまりに唐突。
 いきなり選択を迫られた訳だ。
 このまま名駅スラムで朽ち果てるか、瑠奈と共に熊本へ行き再起を図るのか。
 まぁ、瑠奈の誘いが罠ならば、どとらを選んでも継興にとってはバッドエンドになるのだが。
「不服なの?」
 瑠奈は不機嫌そうに頬を膨らませた。
 不遜で気位の高い彼女だが、時折見せる齢相応の表情は可愛らしい。
「いいや、付いて行きますよ。瑠奈お嬢様……」
 継興は立ち上がった。
 どちらを選んでも地獄なら、折角なので一生見る機会も無かったであろう熊本という地を眺めてみたいという気になったのだ。
「よろしい。もっとも、断ったところで強引に連れて行くつもりだったけどね……」
「……」
 最初から選択の余地など無かったようだ。
 継興は瑠奈の従者に紛れ、このまま九州へ向かうこととなった。
 県境越えも白川家の名があれば大して調べられることも無い。
 実のところ、氷澄継興は未だ指名手配されていない。
 杜若達は継興の顔も名も知らず若い男としか証言していない。
 だから、警察も継興は行方不明の重要参考人としており、むしろ彼も被害者であり既に何処かで殺害されているのではないかという見方をしていた。
 この後、九州に渡った継興が術者としてメキメキと頭角を現し、同時に絹翁譲りの野心を見せるようになると、ついには瑠奈の婿として白川家を牛耳るようになる。
 やがて、狡猾な手腕と同時に傍若無人な振舞いを見せるようになり、魔王などと呼ばれ恐れられるが彼のやり方が氷澄絹翁そのものだとは現地の人々は知る由も無かった。
 絹翁の撒いた災禍の種がこの地で花開こうとは、まさか当の絹翁を含め誰にも想像出来なかっただろう。

 名古屋の官庁街にあるスカイラウンジ。
 高層ビルの最上階だけあって眺めは良い。
 壁一面の窓にカウンターが据えられおり街の灯りを見下ろしながらお酒を愉しむことが出来る。
 そのカウンターにカクテルドレスを纏った美女が座っていた。
 緩いウェーブの掛かった髪をまとめ上げ、見えるうなじが美しい。
 誰かを待っているのだろう。
 先程から退屈そうな顔をして、夜景と店内と視線を行ったり来たりさせている。
 だが、うっかり声を掛けたりしない方が良いだろう。
 彼女の正体は霧島善六だ。
「待った……?」
「遅い。三十分遅刻だ」
 その美しい善六に声を掛ける者がある。
 まぁ、その人物は女性であるのだが。
 鶯色の小袖を着たこの女性はフリーランスの退魔師猿姫である。
 スレンダーな善六とは対照的に、女性的な豊かな曲線が美しい。
「遅刻? 私が現れた時が集合時間なんじゃないの? それとも、予告時間に現れない時は腹を立てて帰ってくれるのかしら……?」
 猿姫は悪びれる様子など全く見せない。
「確かになぁ……」
 そう言われては善六は肩をすくめることしか出来無かった。
 猿姫にはもうひとつの顔がある。
 いや、こちらの方が本当の姿と言うべきだろう。
 彼女は名古屋の富裕層から金品を掠め取り、貧民達に施して回る義賊。
 世に言う怪盗シュガーとは彼女のことだ。
 不思議な光景ではなかろうか。
 探偵と怪盗が肩を並べて酒を酌み交わしている。
 立場としては相反する間柄であるものの、それはあくまでお互いの役割の範疇の話であり、わざわざプライベートまでいがみ合う気は無い。
 警察の子飼いの探偵が決して正義の味方では無いし、怪盗もまた窃盗犯でありながら貧民達のガス抜きを担い社会に貢献する存在である。
 善悪の理屈など無い。
 お互いそれが仕事ってだけで、仕事を離れればこうして会うことに何も問題は無い。
「物部実臣はどうしてる……?」
 善六が唐突に出した名前。
 氷澄絹翁のところに居た犬神使いの少年の名である。
 三日前の騒ぎの時に官庁街で暴れていたのだが、事態が収束に向かうのを悟ると大人しく投降してきた。
 本来ならば、現場で警察の退魔師に処刑されていたとしてもおかしくない。
 だが、流石に諸手を上げた少年を斬り捨てるだけの理由は見出せなかった。
 もちろん、これが現場の術者達を守る為の判断だったことは言うまでも無い。
 実臣の側も警察の側も。
 ところが、投降を受け入れたはいいが、郡警察も神祇省名古屋支部も実臣を受け入れる先が無かった。
 つまり、彼を保護しようにも彼に憑いている犬神が強力過ぎて、本気になって暴れ出したら誰にも止められないと言うのだ。
 だからと言って野放しにすることも出来ず、組織のしがらみに縛られない善六の元へとお鉢が回って来た。
 善六に犬神を御することが出来るかどうかなど関係無い。
 もちろん、出来る筈もなく善六は実臣をそのまま猿姫に預けることとなった。
 猿姫は表向きは一介の退魔師であるからして誰も文句は言えない筈。
「サネっちは素直で良い子なんだけどね……」
(サネっち……?)
 実臣は既に変なアダ名で呼ばれているのかと驚く。
「犬神二匹が下品で凶暴で……。あれじゃ、サネっちに悪い影響しか与えないから、雪里にしつけ直すように言っておいたわ……」
 雪里とは先代シュガーから使える妖狐である。
 強い霊力を備えた妖狐を八体も従えている。
 これがシュガーを決して捕まらぬ怪盗たらしめる所以でもある。
 ただし、猿姫の副業である退魔師稼業には手を貸さないのが不文律。
「大丈夫なのかな? 犬は狐を追っ掛け回すって言うけど……」
「大丈夫。元は動物霊だもの。奴等の道理は至って単純。強い者に従うだけよ……」
「……」
 凶悪狂暴と恐れられる犬神達ではあるが、これには多少ではあるものの同情の念を禁じ得ない。
 まぁ、でも若き犬神使いの面倒を見てくれる人物が見付かったことは良いことだ。
「シアンのことは残念だったね……」
 沈黙でもって暫く間を置いた後だった。
 猿姫は呟くような声で言った。
 正直、善六の胸中を察すれば口に出すのも憚られたが、相棒を失った善六を案じていたのも確か。
「あぁ、正直言ってまだ全く実感が湧かないんだ。そのうち、ひょっこり帰って来るんじゃないかと思えて……」
「そう……」
 善六がそう思えるのも仕方無い。
 シアンの遺体は郡警察が秘密裏に埋葬してしまい、善六が遺体に対面することはついぞ叶わなかった。
 あとは現場にシアンの幽霊が現れたという杜若達の証言だけ。
「もしかして、まだ何処かで生きてるんじゃ……」
 そこまで言って、猿姫はしまったと言わんばかりに口を覆った。
 実は猿姫も独自のルートでシアンの死について探っていた。
 まさしく狐につままれたかのようであり、到底彼女の死に確信が持てる程の充分な情報は得られなかった。
 まるで彼女があの現場に居たことさえ、覆い隠さんとしているかのようにさえ感じた。
「いいや、有り得ない程の高濃度の障気を浴びたんだ。例え生きていたとしても、それは既に私の知るシアンでは無いのかもしれない……」
 郡警察退魔課によると、吉岡杜若の神気による浄化作用、もしくは対障気装備が無ければ精神が蝕まれて発狂の後に絶命、悪霊化は免れないだろうとのこと。
 杜若救出に際して時間を要したのもそのことに原因がある。
 もし、あの時に結界が破られていたのなら、障気が周辺に撒き散らされて大量の死者を出した上に、爆発的な悪霊出現率を叩き出して収拾の付かないパニックとなっていたに違いない。
 だが、そんな中で死して尚、シアンは悪霊化せずに杜若達を導いたというのだから、彼女の強靭な精神力に感服せずにはいられない。
「そうだよね……」
 猿姫は寂しそうに呟いた。
 当の善六がシアンの死を受け入れる覚悟をしているのに、これ以上自分が口を出す訳にはいかない。
 もしかすると、この稼業に生きる者として、ずっと前から覚悟はしていたのかもしれない。
「だったら、私が善六を手伝ってあげるよ……」
「は?」
 善六が面喰った顔をする。
 そりゃ、そうだろう。
 何処をどうしたって交わることの無い立場。
「フフッ、そんなことされては私の捕まえるべきシュガーが居なくなってしまう。だから、気持ちだけ有り難く受け取っておくよ」
「それもそうねぇ……」
 自分でもおかしなことを言ったと思ったか猿姫は苦笑していた。
 怪盗あればこその探偵であり、探偵あればこその怪盗でもある。
 双方無くして相立たぬ存在ではあるが、決して相容れぬ存在でもある。
 だが、猿姫からすれば善六は幼い頃から知ってる仲であり、お互い二代目同士で同じ様な苦労や苦悩を抱えていたりもする。
 だから、勝手に自分の良き理解者とでも思い込んでいたのかもしれない。
「だったら、今度の仕事は少し手加減してあげようかな……?」
「余計なお世話だよ……」
 怪盗と探偵。
 二人は同じ都市に生きている。
 星を散りばめたような街の灯りを見下ろしながらグラスを傾けた。
「それにしても、善六ってキレイよね。女の私でも嫉妬しちゃうくらい……。いっそ、女性になったら?」
「勘弁してくれ……」
 善六は苦笑する。
 美女に化けるのが得意であっても、別に女の姿をするのが好きな訳では無い。
「でも、何で女の姿をするようになったんだっけ? 昔は普通に男の格好だったよね?」
「それをお前が言うのか……?」
 善六は思わず口に出して言っていたが、猿姫には思い当たる節が無いのでキョトンとするばかり。
 それは仕方の無いことだ。
 善六は大きく溜息を吐いてから語り出した。
「お前が女子トイレに逃げ込んだからだよ。僕が探偵として駆け出しだった頃……。男の姿で追い掛ける訳にはいかないだろ? それからは女の姿をするようになったんだ。例え女湯に逃げ込んだっていいようにね……」
「純情だったのね……」
 猿姫はクスクスと笑っていた。

「いやぁ、こんな時に何だと思うんだけどな……」
 来島権兵衛という無遠慮な男が遠慮がちに物を言う。
 はっきり言って不気味で仕方無い。
「何ですか……?」
 吉岡杜若は恐る恐る尋ねた。
「個人的な話なんだけどよぉ……。実は結婚することになってな……」
「は?」
 あまりに唐突な話で杜若は面喰うことしか出来無かった。
 だが、この会話は十日以上も引き篭もっていた杜若が外に出る契機となったのだから、色々な意味で良い話だったのかもしれない。
 来島権兵衛という男は放棄された地下街でホームレスをしていた。
 元々若い頃は退魔師としての修練を積んでいたし、何より神気と呼ばれる特殊な霊気の纏い手でもある。
 吉岡家の令嬢杜若もまた神気の纏い手であった為、神気の強力さに翻弄されないよう彼女の家庭教師として吉岡家に雇われた。
 来島の苦難と苦労に満ちた人生経験は、きっと杜若の将来に役立つだろうと思われる。
 では、そんな来島のお相手とは誰であるかと言えば、郡警察の退魔師観崎七生であった。
 元ホームレスと警察の退魔師とは何とも異色な取り合わせと思われるだろうが、元々二人は昔からよく知った仲であった。
 それこそ来島がその変名を名乗る前、彼は七生の父の門弟であった。
 だが、前述の神気のせいもあり彼は俗世を捨てて失踪。
 だから、その間に犬神との戦いで師が亡くなり、七生もその戦いで右眼と左腕を失う重傷を負っていたことも知らなかった。
 かれこれ十数年、お互いに何をしているかも知らぬままにそれぞれの道を歩んで来た訳だが、つい最近思い掛けず再開を果たす。
 時の流れとともに変わってしまったお互いの姿形に、空白への後悔と案じられる互いの行く末。
 過去も現在も未来も併せて、共に歩いてくれる人はこの人しか居ない。
 お互いにそう思ったのだろう。
 ならばと辿り着いた結論が結婚だったという訳だ。
 もう、当人同士の納得さえ得られればそれで良いと考えていたが、皆がめでたいめでたいと祝福してくれるので、ささやかなれど宴を企画して良かったという満足を感じている。
 そして、当日を迎えた。
 ここは来島と七生の結婚報告会の会場。
 杜若の養父デビット吉岡の所有する高級レストランの庭を貸し切って行われる。
 結婚式は挙げず、今日は結婚の報告とささやかな食事会を行うつもりだった来島と七生。
 招待客は二十人にも満たないのに、広過ぎる会場と豪華過ぎる料理が用意されていて、ただただ恐縮するばかり。
 一代で莫大な資産を築き上げたデビットからすれば、ちょっとしたご祝儀のつもりなんだろう。
 ただ、名代も兼ねてこの場に居る杜若は気まずくて仕方無い。
 まぁ、それでも宴席が始まってしまえば親しい人々の集まりということもあり、すぐさま和やかな雰囲気に包まれた。
「杜若、久し振りだね……」
「うん……」
 離れてから十日程度なのに、何だか数年振りのような感じさえする。
 グラスを手に杜若に話し掛けてきた銀髪の少女。
 彼女は神崎瑞穂。
 つい最近までは杜若の護衛を務めていて四六時中一緒に居たのだが、今は郡警察退魔課に戻って日々職務をこなしている。
「ありがとう……」
 杜若は差し出されたグラスを受け取った。
 未成年なので中身はもちろんジュース。
 そんなに時が経った訳でも無いのに、何か久し振りなような気がして妙に気恥しい。
 ここ数日ひたすら引き篭もっていた杜若と、ひたすら多忙を極めていた瑞穂。
 二人の時間の流れが大きくズレたのもあって、余計にそう感じるのかもしれない。
 こちらでは七生の部下、秋川怜と河田桃子が話をしている。
「ねぇねぇ、怜ちゃん……。母さんが結婚するってことは、私達はあのオッサンを父さんとでも呼ばなきゃならないの……?」
「うん……?」
 桃子の発言に怜は首を傾げた。
 彼女達は上司である観崎七生を母さんと呼んで慕っている。
 ならば七生に配偶者が出来たら、その人物を父さんと呼ぶべきかと問うのだ。
 桃子は明日の天気でも尋ねるような調子で言うが、怜は返答に困ってポーカーフェイスのまま固まってしまった。
 そもそも、怜達と七生には法律的な母子関係は無い。
 だから、来島と七生が結婚しても、それを機に改めることなど何ひとつ無いのだ。
 やがて、しばしの沈黙の後に答えが出た。
「オッサンはオッサンのままでいいと思う……」
 怜は表情を変えずに淡々と言う。
 本人に自覚は全く無いものの、何と無慈悲で残酷な言葉を吐くのだろうか。
 ここに怜の言葉に深く傷付き打ちひしがれる人物がひとり。
「オッサンはオッサンかもしれねぇが、せめて来島さんとか別の呼び方は無ぇものかな……」
 微妙なお年頃の来島権兵衛である。
 事実、微妙であるが故にナーバスになっているのだろう。
「アハハ……」
 怜は最近覚えた愛想笑いという処世術を披露していた。
 下手クソな傀儡のようにも見えるかもしれない。
 だが、彼女にとってはこれが精一杯の表現なのである。
「あはは。悪かったよ。これから気を付けるよ、オッサン……」
 気まずい空気を切り裂くように、桃子は笑いながら来島の背中をバンバン叩いた。
 わざと言ってる訳では無いのだから質が悪い。
 無邪気な方が罪深いのかもしれない。
「それにしても、オッサン今日はいい恰好してるよね……」
 桃子に気を付ける気など毛頭無いようだ。
 来島もオッサンという呼称を甘んじて受け入れている。
「これか? 折角なんでそれなりにいい服を選んだんだよ。貸衣装だけどな……。流石にいつものヨレたスーツじゃまずいだろ?」
 言われてみれば来島はいつになく上等で高そうな白いタキシードを着ている。
 髭を剃って髪は整え身なりはバッチリだ。
 これならば誰も前職がホームレスとは気付かないだろう。
 今日は七生の晴れ舞台。
 もし、新郎の来島がいつも通りのヨレたスーツで現れていたなら、怜が襟首掴んで外に放り出していたに違いない。
「さぁ、本日の主役の登場ですよ……」
 怜は無表情のまま淡々と言う。
 でも、彼女が嬉しそうなのは、見る人が見れば判るらしい。
 和やかな宴席の中、静かに歩きながら本日の主役たる観崎七生が純白のウェディングドレスに身を包んで現れた。
 ただ、その表情はこれまで見たことが無いくらいに緊張で固まっている。
「どどどどうしたんだ七生……!?」
 まるでロボットの真似をしているみたいにガチガチの歩き方をしている七生を見て、流石の来島も狼狽して駆け寄った。
「いや、まさか着てみたはいいが、こんなに恥ずかしいものとは思わなかったので……」
 頬を紅潮させて瞳を泳がせつつ、どう取り繕ったものかと困惑している。
 実は意外とシャイな七生。
 まだ近しい人々の集まりだから良いものの、これがもし神祇省、郡警察、拝み屋業界挙げての結婚式だったら、七生の心臓は爆ぜるか止まるかしてたかもしれない。
「ん? えぇっ? お前、眼が……。左腕も……」
 よく見れば七生の失われた筈の右眼と左腕が今はあるではないか。
 それらは過去の犬神達との戦いで失ったもの。
 つい最近、憎き犬神と対峙した際に、復讐に駆られ自らの命を賭けて己の全盛期の肉体を顕現して戦ったことがあった。
 流石、若い頃は神童と謳われた七生。
 積み重ねた経験値も相まって犬神達を圧倒した。
 あの時、来島が途中で乱入して止めなければ、七生は犬神達を確実に仕留めていたに違いない。
 ただし、その場合は七生の命も確実に失われていただろう。
 欠損した体の部位は既に幽世の存在。
 それに生きながらにして同調するならば、場合によっては幽世から戻れなくなるのだ。
 普段は冷静で良き指揮官振りを発揮している七生が見せた思い掛けない感情的で無謀な行動。
 だから、来島が七生の右眼と左腕を見て慄くのも仕方の無いことなのだ。
「これは殆ど感覚の無い見た目だけの顕現だから大丈夫……。折角の晴れ舞台だからキレイな姿でって晴華様が仰って下さって……」
 七生は照れ臭そうだった。
 彼女の長いスカートの裾を持つ二人の少女。
 ひとりは七生の部下の藤沢望であるが、もうひとりは名古屋の陰陽師業界で頂点に君臨し政財界に強い影響力を持つ霧丘家の御令嬢霧丘晴華である。
 ただ、名家のお嬢様に留まらず本人も才色兼備で術者としても優れた技量を持つ。
「へぇ、こりゃスゲェな……」
 来島は七生の顔をマジマジと見詰めた。
 いくら見た目だけとはいえ、他人の顔をこうも見事に顕現出来るものなのか。
 見れば見るほど感心してしまう。
 そして、見られる方は見られるほどに恥ずかしくて顔が紅潮する。
「小ジワも目立つようになったし、やっぱ変かな……?」
 あまりに真剣な眼差しで見詰められるものだから、七生は思わず視線を逸らした。
「キレイだ」
 短い言葉を返す来島。
 これは七生の姿を見て出た言葉なのか、それとも霧丘晴華の鮮やかなる術に対する称賛なのか。
 それを確かめるのは野暮というもの。
「バカ……」
 七生は胸がいっぱいで声を微かに絞り出すので精一杯だった。
「のろけですかぁ……?」
 藤沢望はこの様子を見てニヤニヤしながら言った。
 結局、式らしい式も行わずに数枚の写真を撮るだけの留まった。
 その後は元の宴席の賑わいが戻ってくる。
 会場と料理が豪華過ぎるのを除けば、新郎新婦にとっては満足のいく催しだったと言えるだろう。
 誰が仕切るでもなく銘々で楽しい時間を過ごし、やがてお開きの時間を迎えた。
「私、大事な話がありますっ!」
 いきなり霧島桜が大きな声を上げた。
 一瞬で周囲を静寂が包み、皆の視線は桜へと注がれる。
 桜は何故かその視線を満足気に確かめると、高らかに宣言した。
「私は探偵の助手になってお父さんを手伝いますっ!」
「はぁっ!?」
 あまりに唐突な話である。
 これまで桜の口からそれらしい話が出たことなど一度も無い。
 特にさっきまで別の話題で談笑していた杜若と瑞穂からすれば、寝耳に水を通り越して桜の思考の無軌道振りに腹立ちすら覚えた。
「却下っ!」
 桜の宣言はたった一言で打ち消された。
 発したのはもちろん探偵霧島善六である。
「何でっ!?」
 桜はまだ諦めない。
「学校の勉強が出来ない子に、探偵の助手は務まりませんっ!」
「あうっ……」
 そう言われてしまっては桜に返す言葉など無い。
 しょぼんと肩を落として項垂れる。
 そして、宴は何事も無かったかのようにはけてゆく。
 ブスッと膨れた桜を放ったままで。
 そんな最中で去り際に善六が杜若に声を掛けた。
「色々と面倒な娘で申し訳無いね……」
 先程の騒ぎのことを言っているのだろう。
「いえいえ……」
 杜若にとっては桜の能天気振りは慣れたるもの。
「せめて、桜にはちゃんと学校を出て貰いたいんだ。だから、また杜若の護衛を続けさせることになるけど、よろしくね……」
「はいっ!」
 杜若は元気良く答えたいた。
 何かを任されたという意識は無い。
 単純にこれから桜と一緒に居られることが嬉しかったのだ。
「ありがとう……」
 善六はそう言ってニッコリ微笑み去って行った。

 余談である。
 つい先日、東京にある神祇省千代田観測所が、かの一族が現世に御帰還めされる兆候が確認されたと発表した。
 もし、日本が再び帝を頂くこととなれば、郡境の結界が取り払われ人々は自由に往来することが出来るようになるだろう。
 日本はひとつの国としての姿を再び取り戻し、新たな時代の幕開けを迎えることが出来るのかもしれない。

(終わり)

※禁無断転載

※この作品はフィクションです

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

また何処かで。
ごきげんよう。

スポンサーサイト
鉄道楽日記 | 2019-07-01(Mon) 12:00:00 | トラックバック(-) | コメント(-)

鉄道楽日記464

鉄道楽日記464

更新予定日は毎週月曜日になりました。

おいでませ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

オリジナル小説NAGOYA2200(プレリリース版)バックナンバー

01_02_03_04_05_06_07_08_09_10

11_12_13_14_15_16_17_18_19_20

21_22_23_24_25_26_27_28_29_30

31_32_33

中二病では無い!
中二魂だ!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

NAGOYA2200第34話(プレリリース版)

「二人共っ! もう、やめてっ!」
 杜若は叫んだ。
 自分の考えが杞憂ならば良いのだが、まさかのことだって起こり得る。
 桜も瑞穂も合点がいかないだろうが、杜若の指示ならばと攻撃を止めて距離を取る。
 その時、既に狒々は原形を留めておらず、まるで黒い粘土の塊のようになり果てていた。
 杜若は思わずやり過ぎだと言い掛けたが言葉を飲み込んだ。
 これは仕方の無いこと。
 二人にとってはシアンの仇憎しと力が入るのも当然のこと。
「どうしたの杜若……?」
 瑞穂が問う。
 杜若の判断を疑うつもりは無いものの、理由を聞かねば納得は出来無い。
「何か変だと思うの……」
「変?」
「コイツ、わざと攻撃を受けてるのかもしれない……。桜と瑞穂の憎悪を吸収するために……」
 もしかしたら間違っているかもしれない。
 いや、むしろ間違っていて欲しい。
 杜若は恐る恐る言った。
「……」
 その可能性は否定出来無い。
 瑞穂も憎悪や怒り、悲しみが悪霊を構成する要素であることは充分に理解している。
 だけど、シアンの死の直後にそれらの感情を抑えて戦えるほど精神的に完成されている訳でもない。
 このまま攻撃を続ければとどめを刺し切れるのか、それともここで止めなければ自分達を窮地に追い込んでしまうのか。
 杜若は判断に迷ったから止めたのだろう。
 もちろん、瑞穂にも判らない。
 ならば桜に意見を求めるか。
 きっと首を傾げるだけだろう。
 だが、迷って結論を出せずに見ているだけならば、必然的に後者を選んだことになってしまう。
 熟慮の暇は無い。
「杜若、ここはコイツが動き出さないうちにとどめを刺してしまうべきだと思う……」
 瑞穂の言うことが合理的で正しい。
 ここで絹翁に時間を与えて何の得があろうか。
「でも……」
 杜若はそれでも躊躇する。
 確かに、ここで何か手を打つべきではある。
 だが、手段が無い。
「杜若、それがあるじゃない……」
 不安に頭を抱える杜若に瑞穂が指差して言う。
「え?」
 指差した先にあったのは杜若が右手に握ったグロック17。
「こうなったら、アイツに直接神気を叩き込んで浄化するしかない」
「いや、でも……。無理だよ……」
 躊躇の理由が変化した。
 明らかに自信の無い情けない顔をする。
 拳銃を媒介して圧縮した霊気を弾丸として発射するオーラバレットはシアンだからこそ扱える術。
 霊気を圧縮する段階で絶妙な霊力のコントロールを要し、銃を用いて発射するのだから当然射撃の能力が無ければ対象には当たらない。
 杜若は銃なんて触ったのはこれが初めてだし、当然銃の撃ち方なんて知らない。
 霊力のコントロールはともかくとして、射撃経験ゼロを補うのはどう考えたって無理だろう。
「大丈夫。私は杜若なら出来るって信じてる……」
 何も瑞穂は無責任な信頼を押し付けている訳ではない。
 以前、杜若が襲撃を受けた時にテロリストの浦西純庵が見よう見真似でオーラバレットを放ったのを見た。
 浦西純庵は間違いなく天才なのだろう。
 だが、杜若がそれすら凌ぐ才気の持ち主であることを瑞穂は知っている。
 ただ、冷静な瑞穂にしては珍しく、杜若の運動神経について考慮に入れることを忘れている。
「戦う意志が無いなら、初めから銃なんて握らなきゃいいのに……」
 グサリと刺さる言葉を放ったのは桜だった。
 この銃はシアンの形見なのだ。
 そう思うとズシリと重みが増したような気がした。
「どうせ、当てる自信が無いとか悩んでいるんでしょ? そんなの外してから考えりゃいいじゃん」
 それでは本末転倒な気がするが、実に桜らしい意見である。
 杜若には思いっ切りの良さが足りない。
「大丈夫。絶対に外さない位置にまで近付いちゃえばいいんだよ。コイツが何かしようたって私達が絶対に手を出させないから……」
 単純過ぎるとは思うが間違いではない。
 だが、今は動きを見せないとはいえ近付いた途端に何か仕掛けてくる可能性も拭えない。
 それでも、桜と瑞穂が信じると言うのならば、杜若もまた彼女等の期待に応えねばと思う。
「解った。やってみる……」
 杜若は拳銃を両手で握ると、恐る恐る黒い塊と化した絹翁に近付いた。
 桜の手出しはさせないという言葉を信じて約一メートルの距離まで近付く。
 何とも動作がぎこちない。
 拳銃の握り方も構え方も狙いの定め方も知らないんだから仕方無い。
「杜若、もう少し背筋を伸ばして、脇を締めて……」
 あまりの格好に見ていられないが、杜若にはやり遂げて貰わねばならない。
 瑞穂の期待と願いを込めた助言。
「足は肩幅で……。そう、そんな感じ……」
 杜若が素直に瑞穂の助言に身を委ねたお陰でいくらか恰好だけはマシになった。
 あとはいかに霊力を圧縮して銃口から撃ち出すかだが、それに関しては瑞穂も桜も門外漢なので黙って見守ることしか出来ない。
 杜若は大きく深呼吸してからオーラバレットを撃つシアンの姿を思い出す。
 練習無しのぶっつけ本番。
 緊張しない訳が無い。
 だが、適度が緊張が普段以上の集中力を引き出してくれる。
 銃に自分の霊気が伝わり、弾倉に圧縮された霊気が溜まってゆくのを感じる。
 この感覚、まるで銃が自分の体の一部になったみたいだ。
(これならやれるっ!)
 ここまで来たら急に自信めいたものが湧き上がってきた。
 対象物はあんなに大きいんだから、外しようがない。
 あとは引き鉄を引くだけ。
ズドオオオォォォンッ!
 グロック17はハンドガンなのだが、まるでライフル銃のような音を立てた。
 威力が凄まじく、撃った杜若の身体がほんの少し宙に浮き、そのまま尻餅をついて着地した。
 霊気を圧縮して撃ち出すところまでは成功した。
 だが、威力までは完全にコントロール出来ていない。
 弾丸はテニスボール程の大きさで撃つ出されると、勢いそのまま黒い塊に命中し貫通するでもなく吸い込まれるようにして消えてしまった。
(やった……!?)
 杜若としてはオーラバレットを発射することと、弾丸を命中させるところまで成し遂げたのだから、充分役目を果たしたと言えよう。
 だが、倒したという実感が湧かない。
 シアンのように完成されたオーラバレットの弾丸なら、充分な硬度があり相手を貫いていたことだろう。
 杜若の不安定な弾丸ならば対象に当たった瞬間に爆ぜていた筈。
 ところが、目の前で起きたのはそのどちらでもない。
 もしかしたら、貫くまではいかず途中で止まっているだけなのかもしれないが、杜若の感覚で言えば衝撃を吸収して受け止められてしまったようにも思える。
「仕留めたのかな……?」
「待ってっ!」
 近付いて確認しようとする桜を杜若が制した。
「ん?」
 桜が杜若の方に向き直った瞬間だった。
ピキピキピキッ……
 黒い塊に無数のヒビが入り、黄金色の光が漏れ出した。
 咄嗟に爆発すると思ったのだろう。
 桜が杜若に覆い被さる。
 だが、杜若には黒い塊から何かが孵化してくるように見えていた。
 何だかゾワゾワする。
 何か嫌な物が出て来るような気がしてならない。
 やがて、黒い塊の上部に大きく穴が開き、そこから黒光りする何かが飛び出して来た。
 巨大な細長い何かが元の塊の体積を無視して次々と出て来る。
「ああああ……」
 何と凄まじく濃い障気であろうか。
 杜若は威圧されてしまう。
 飛び出して来たのは黒い龍であり、黒く光って見えたのは龍の鱗だった。

 黒い塊から飛び出して来たのは黒い龍であった。
 体をうねらせながら宙に浮いているので正確には測れないだろうが、全長はゆうに百メートルを超えている。
 あんなのに杜若のオーラバレットが直撃したところで蚊の一刺しにもならない。
 やはり、あの狒々の姿はフェイクであった。
 大気中に散りばめられた己の霊力を集め、狒々の姿という殻の中で龍の姿を作っていたのだ。
「おのれ……。こうなってしまってはもう継興の身体は使えぬ……」
 黒龍からしゃがれた老人の声が響く。
 これは氷澄絹翁の年相応の本来の声。
 見れば龍の右手にはさっきまで絹翁を名乗っていた男の身体が握られていた。
 力無くぐったりと項垂れる男をあっさりと投げ捨てた。
 男の身体はガサガサと音を立てて茂みの中へと消えた。
 あれはもちろん氷澄継興であり、絹翁の孫である。
 絹翁は孫の生死より利用価値の有無にしか興味を示さない。
 例え孫であっても利用価値が無ければ躊躇なく切り捨てる。
 それは悪霊となり果てた後でも変わることは無い。
「ならば吉岡杜若の身体を奪うまでよ。その上でワシが自ら日本の国の帝になってくれようぞ……」
 絹翁の狂った野望もここに極まれり。
 杜若に氷澄の血を引いた子を産ませ、その子を名古屋の地で帝として立てる予定だったが、自らの才覚と杜若の黄玉眼の権威を用いれば名古屋どころか現在空位にある日本の帝位さえも握れると考え始めた。
「うわあああぁぁぁっ!」
 杜若は手に握ったグロック17でもって滅茶苦茶に撃ちまくった。
 酷く錯乱している。
 こんな状態では弾は出たり出なかったり、出たとしても飛んで行く方向がデタラメだ。
 杜若は恐れていた。
 龍を恐れている。
 絹翁の変じた黒龍を恐れているのではない。
 龍の姿や形を恐れたのだ。
 術者としての修行の過程で、自分の正体が龍であることを来島に告げられた。
 自らもまら龍に変じて戦えば、あの黒龍に対して充分対抗し得るだろう。
 だが、自らの正体については来島に厳しく口止めされている。
 正体が誰かにバレるようなことがあれば、例え桜と瑞穂だって杜若を杜若と見てはくれないだろう。
 ここで杜若の正体が晒されるようなことになれば、今に至るまで杜若が人間として生活してきた全てが崩壊してしまう。
 それが恐ろしくて彼女を焦らせるのだ。
「杜若っ!」
 桜は杜若の尋常では無い様子に、これはマズイと感じてラグビーの選手がするみたいに杜若の銅にしがみ付いて押し倒した。
「ぐえっ!」
 桜は手加減を知らない。
 杜若はひっくり返って伸びてしまった。
「うちの可愛い杜若はアンタのような下種野郎にはやれないねぇ……」
 瑞穂は黒龍の眼前へと躍り出ていた。
 錯乱した杜若は桜が何とかしてくれる。
 ならば自分が時間を稼がねばと、槍を携え黒龍に挑むのだ。
 蛟の時と同じ戦法、つまり霊気で作った足場を利用して龍の鼻先の高さまで登ってきた。
 あとは龍の鼻の頭に槍を突き刺すだけ。
ガキイイイィィィンッ!
「くっ……」
 まるで金属を叩いたかのような感触。
 槍の穂先が全く通らない。
 話に聞いてはいたがやはり硬い。
「だったら……」
 そうだとしても、ここでどうするか考えているような時間は無い。
 瑞穂は再び槍で龍の鼻の頭を突いた。
ボオオオォォォンッ!
 何と爆発が起きた。
 今度は槍で刺すのではなく、切っ先に集中した霊力を突くと同時に爆発の炎として一気に解き放ったのだ。
「!?」
 龍にダメージを与えられた訳でもなく、子供騙しと言えるかもしれない。
 だが、それでも龍が驚いて首を引っ込めたのだからそれなりに効果があったと言えよう。
 だが、至近距離で爆発を起こした衝撃で瑞穂の身体は宙に投げ出される。
 それでも、彼女の卓越した身体能力を見せ、霊気の足場を駆使して地上へと降りて行った。
「杜若杜若……」
 瑞穂の稼いだ時間は僅かであった。
 だが、そのお陰で桜は杜若を屋敷の車寄まで引きずってくることが出来た。
 でも、その後桜が出来たことは気を失った杜若をガクガク揺らして何とか目覚めさせようとすることだけだった。
「ん……?」
 桜は手加減というものを知らない。
 中々に激しい衝撃を受けて杜若の意識は覚醒した。
「あっ! 杜若……。良かった」
 杜若が目を開けるのを見て、桜は嬉しさのあまり力いっぱい杜若を抱きしめた。
「痛い痛い……」
 杜若は思わず桜の背中をタップする。
 それにしてもタップするなんて行為は、桜と出会わなければお嬢様育ちの杜若が一生知ることも無かっただろう。
「ゴメン……」
 桜がシュンと項垂れる。
「いいよいいよ。いつものことだし……」
 杜若は桜の肩を優しくポンポンと叩く。
「それより、アレを何とかしないとね……」
 杜若の視線の先には黒龍の姿がある。
 今は取り乱したりしない。
 桜に体当たりされて気を失い、再び目を覚ますまでは一瞬だったかもしれない。
 何故かその瞬間の間にとてつもなく長い旅をしてきたような気がする。
 杜若本人は気付いてないことだが、実は無意識下のうちに自身の中に眠る龍の記憶を辿っていたからだ。
 人類有史以前から現在に至るまで。
 膨大な時間を一瞬のうちに駆け抜けた。
 これはつまり、杜若の意識とは別のところで杜若の龍としての力が覚醒しつつあるということだ。
「桜……」
「何……?」
「瑞穂にも伝えて欲しいんだけど、私はあなた達を友人と思って接してきました。でも、今だけは主として命じます。すぐに、ここから退きなさい」
 四六時中一緒に居ただけに、今の杜若は全く別人のように思えた。
 凛とした眼差しと堂々とした口調には揺らぐことの無い意志の強さが宿っていた。
「解りました……」
 普段ならばそんなこと言われたって絶対に聞かなかっただろう。
 だが、この時の杜若には有無を言わさぬだけの威圧感があった。
「ありがとう桜……」
 杜若は背を向けると黒龍の方へと歩いて行く。
 桜は重圧に圧される形で杜若の言葉に従ってしまった。
 だが、妙なことに見送る背中に安心感を覚えるのが不思議でならなかった。
「ほほう、ワシに身体を差し出す気になったか? 殊勝な心掛けじゃ」
「……」
「ふむ。その代わり仲間の命を助けろとでも言うのか? それは無理な相談じゃなぁ。お前の手で殺すから愉快ではないか……」
 杜若がひとりで歩て来たのだから、ついに覚悟を決めたかと思うところである。
 黒龍は下卑た高笑いを響かせている。
「黙れ下郎っ!」
 凛として突き刺さるように通る声が場の空気を一変させる。
「何じゃ……? お主、まさか龍と戦って勝てるとでも……?」
 先程までの杜若とは全くの別人と思えるくらいに堂々としている。
「何が龍だっ! ただの障気邪気の寄せ集めではないかっ! このニセ龍めっ!」
 この声があの小柄な少女から発せられるものとはにわか信じ難い。
 老獪絹翁であっても気圧される程の威圧感である。
「見せてやろうではないか。本物の龍の姿を……」
 杜若が言うや否や一瞬周囲が眩い光に包まれる。
 まるで世界が金色のヴェールに覆われたみたいだ。
「何これ……?」
 パッと視界が開けた。
 桜は目の前の光景に驚き、思わず間抜けな声を上げてしまった。
 黄色い龍が居る。
 まるで黒い龍と対を成すかのような位置で睨み合っている。
 桜の居る位置から見ると、宙に浮かんだ長大なる二体の龍の体躯で空が覆い尽くされている。
 さながら二体の龍の色からして光と闇の対比とも言えよう。
バリバリ……
バシャアアアァァァン!
 何とも形容し難い音が響く。
 雷鳴が轟くよりも尚激しい。
 これが龍の咆哮なのだ。
 桜は動けなくなった。
 何が何だか解らず頭の中は錯乱しているのだが、本能だけが冷静に、逃げることも抗うことも無駄であると諭すのだ。
 つまり、今の状況で桜に出来ることは何ひとつ無い。
 だから杜若は桜に退くよう命じたのだと今更ようやく理解した。
 だが、今更逃げ出したところで何かがどうにかなる訳でもない。
 それに、足がすくんでしまって身動き出来ない。
 ならば、杜若の命には反するものの、せめて事の顛末を見届けたいと思う。
 やがて、黄龍が黒龍に襲い掛かる。
 雷撃や炎、飛び交う術もひとつひとつが桁外れの破壊力である。
 人智を超えた戦い。
 炎や雷の流れ弾だって、当たれば人間など瞬時に跡形も残さず消失させてしまうだろう。
 庭を抉り、屋敷を壊し、周辺は火の海と化した。
 二体の龍は複雑に絡み合い、空を黄色と黒のコントラストが覆っている。
 燃え盛る炎がそれを照らし出して妙に美しい光景だと感じた。
 やがて、金色の激流に呑まれるようにして黒い部分が徐々に消えてゆき、気付いた時には空は金色一色に染まっていた。
 この光景を桜は瑞穂に手を引かれながら見ていた。
 瑞穂は桜が車寄のところで呆然としているのを見て、巻き添えを喰ってはマズイと思って連れ出したのだ。
 杜若の姿が無いことを不思議に思ったが、そのことについて追究しているような余裕は無い。
 まさか、突如として現れた黄色い龍の正体が杜若だとは夢にも思わない。
 吉岡邸の大きな庭をただひたすらに走って逃げていた。
 もう、これくらい離れればいいだろうという位置まで来ると、二人は芝生の上にペタンと座り込んだ。
「杜若を探しに行かないと……」
 全力で走ったせいもある。
 瑞穂の息は上がってしまっている。
 だが、最も危険な状況を脱したお陰か少し冷静に考える余裕が出来た。
「杜若……? 杜若はアレだよ……」
 桜が指差す。
「は……?」
 その先にあるのは宙を漂うよう巨大な黄龍。
「杜若、食べられちゃったの……?」
 桜の言葉が少な過ぎる。
 だから瑞穂が勘違いするのも仕方が無い。
 確かにあの巨大な龍ならば、小柄な杜若を頭から丸呑みにしたって不思議ではない。
「ううん、違う。杜若があの龍に変身したんだよ……」
「え? 変身……?」
 マンガや映画の中の話でもしているのかと思えてしまう。
 いきなり変身と言われたって受け入れ難い。
 でも、食べられてしまったと言われるよりはいくらかマシなのかもしれない。
「変身はいいけど、元には戻らないの……?」
 こんな時に冗談を言って、場を和ませる程に桜が器用な筈が無い。
 恐らく、見たまんまを言っているだけなのだろう。
 杜若にこんな秘めた能力があるとは驚きではあるが、自分達では黒龍に歯が立たないところに助けて貰ったというのも事実。
 あとは杜若が元の姿に戻れば一応事態は収束を迎えることになる。
 ところが、黒い龍の姿は既に消え失せたのに、黄色い龍は宙に浮いたままうごめくだけで杜若の姿に戻る気配は無い。
「……」
 桜は黙ったまま腕を組んで首を傾げる。
 要するに判らないのだ。
「行かなきゃ……」
 行ったところで瑞穂にどうにか出来るとも思えない。
 それでも、杜若をこのままにしておくことは出来無い。
 その一心で瑞穂は駆け出そうとしていた。
「待って」
 ところが、桜が瑞穂の腕を掴んだ。
「杜若は私達に退けって命令したんだ……」
「杜若が……?」
 桜が黙って頷く。
 あの大人しい杜若が自分達に命令するなんて、余程の決意の上でのことに違いない。
 瑞穂はそう思った。
「そうだとしても、私は杜若のところへ行きたい。杜若の命令に背いたとしても……」
 杜若は自分達の身を案じて退くよう命じたのだ。
 もちろん、意を酌むことだと理解している。
 だが、それでは杜若の身を案じる自分の心の置き場が無い。
 だから、心が突き動かすのを止められない。
「アンタは……?」
 瑞穂が桜を真っ直ぐ見据えて問う。
「私も行きたい……」
 桜も真っ直ぐ瑞穂の眼を見据えていた。
 その表情には既に迷いは無い。
 二人はまた元来た道を駆け出した。

 燃え盛る屋敷を背にして杜若は呆然と立ち尽くしていた。
 桜と瑞穂がここまで駆けて来る途中で黄龍の姿が消えるのを見た。
 このまま杜若まで消えてしまうのではないかと心配したが、無事に杜若の姿を確認することが出来て安堵した。
「杜若っ!」
「瑞穂……」
 杜若がゆっくりこちらを振り返る。
 瑞穂が声を掛けても反応が薄い。
 ボーッとしていて何だか寝起きの人みたいだ。
 桜の話が本当であるならば、さっきまで杜若は龍に変身してたって話だが、瑞穂には龍になってた人物に何が起きるかなんて想像も出来無い。
「無事で良かったーっ!」
 何の躊躇も無く桜はガバッと杜若に抱き着いた。
「痛い痛い……」
 力の加減も無く思い切り抱き着いたのだ。
 これでは千年のまどろみだって一瞬で吹っ飛ぶだろう。
「ゴメン……」
 桜は慌てて離れた。
 さっきも同じようなことをしたばかりではないか。
「杜若、あの黒い龍が姿を消したってことは、全て終わったってことなの……?」
 瑞穂が言う。
 正直、次々と現実離れしたことが起きて少々混乱気味だが、まずは現在交戦中か否かは確認せねばなるまい。
「終わったんだと思う……」
 杜若からは歯切れの悪い返事しか返らない。
 当事者だからと言って必ずしも事情に詳しいとは限らないのだ。
 後日譚になってしまうが、杜若が警察の聴取を受けた際、黄色い龍に身を変じて黒い龍と戦ったことはあまり覚えていないと語っている。
 だが、あの禍々しく重苦しい空気はキレイにサッパリ消え失せている。
 この状況からして、黒い龍も消え失せ全てが終わったと判断しても良いだろう。
 いや、終始何が起きているのか掴み切れていないのだから、全てが終わったと信じたいと言うのが正直なところ。
 渦中に居るからこそ自分達の状況が見辛くなっているのだろう。
 結局、事の終結を宣言したのは、この後ここに到着する警察の退魔師観崎七生であった。

(続く)

※禁無断転載

※この作品はフィクションです

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

また明日。
ごきげんよう。

鉄道楽日記 | 2019-06-30(Sun) 07:06:49 | トラックバック(-) | コメント(-)

鉄道楽日記463

鉄道楽日記463

更新予定日は毎週月曜日になりました。

おいでませ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

オリジナル小説NAGOYA2200(プレリリース版)バックナンバー

01_02_03_04_05_06_07_08_09_10

11_12_13_14_15_16_17_18_19_20

21_22_23_24_25_26_27_28_29_30

31_32

中二病では無い!
中二魂だ!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

皆さん、お久し振り。

NAGOYA2200が完成したんで、
今日から三日連続で公開したいと
思います。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

NAGOYA2200第33話(プレリリース版)

 玄関を抜けて車寄に出る。
 何だか薄暗い。
 昼過ぎに学校から帰った時には綺麗な青空が広がっていた。
 それを思うと、時間の経過を空の色で知るわけだが、実感としては全く湧いてこない。
 それもその筈。
 おかしいのは杜若の時間感覚ではなく、空の色の方なのだから。
 実際には杜若が部屋を出てから小一時間ほどしか経っていない。
 もちろん、陽が傾くような時間でもない。
 これは夜のとばりの色ではなく、黒色の霧が発生して周囲を包み込んでいる為である。
 その証拠に、空を見上げればおぼろげではあるが太陽の輪郭を確認することができた。
「アンタ達、ここで何してんのっ!?」
 声を掛ける者がある。
 庭の方からだ。
 そちらの方に向き直ると、そこにはシアンの姿があった。
「シアンっ!? 無事だったのっ!?」
 桜は思わず叫んでいたが、杜若も瑞穂も同じ心境だ。
 闇の中からシアンがヌッと姿を現した時は驚いたが、安否を心配していただけに姿を見て安堵したのも確か。
「無事も何も……。あの程度の連中におくれを取るほどナマっちゃいないってことよ……」
 そう言って自慢気に笑うシアン。
 一同目を丸くする。
 確かに、シアンが相手した悪霊が自分達が相手した奴等と同等であるならば、スゴイの一言に尽きる。
パアアアァァァン……
 突如、乾いた銃声が響き渡った。
「!?」
 次の瞬間には、シアンが額から鮮血を吹き出して崩れ落ちる様が見えた。
「シアンっ!」
 桜が叫ぶ。
 今すぐにでも駆け寄りたいところだが、何処から狙われたか判らない以上、下手に動く訳にはいかない。
「伏せて……」
 瑞穂は呟くように言うと、杜若の頭を押さえて伏せた。
 桜は射線を目で追っている。
「やれやれ、一応は及第点ってところかしら……?」
「は?」
 射線の先、物陰から現れたのは何とシアンだった。
「え? 何でシアンがそこに居るのっ!? さっき撃たれたじゃんっ!」
 桜がけたたましく叫ぶ。
 シアンが二人いる。
 シアンがシアンに撃たれて倒れた。
 桜の頭を混乱させる条件としてはこれだけで充分。
「撃たれたって、誰が……?」
 物陰から現れた方のシアンが呆れ顔で言う。
「誰って、そりゃあ……。あれ?」
 倒れていた筈のシアンが居ない。
 代わりに鼻の大きな中年男性が額を撃ち抜かれて倒れていた。
「何コイツ……?」
「悪霊……。私に化けてアンタ達に近付こうとしたのね……」
 シアンの言う通りこの男は悪霊である。
 生前は氷澄八家のひとつ黒鳴家の当主であったが、今は名乗る間もなく黒い煙となって霧散した。
「ところで、何でアンタ達まだこんな所に居るの? さっさと脱出しろって言ったじゃない……」
「だってぇ……」
 桜は眉をひそめる。
 急ぐ必要があったことは充分理解しているが、たて続けに悪霊が出現してままならなかった。
「ま、ここで会えたのも幸いかもしれないわね……。折角、この状況なんだし車を出そうか……」
 シアンはスーツの胸ポケットから車のキーを摘まんで出すと、ニヤリ笑って見せた。
「おおっ!」
 桜が上気する。
 あの広大な庭を歩く必要が無くなったのだから当然の反応だろう。
「残念ながら車は動かんよ……」
「!?」
 明後日の方向から声が飛んできた。
 男の声だ。
 聞き覚えは無い。
「誰っ?」
 桜は反射的に叫んでいた。
 その声に呼応するかのように、若い男が暗闇の中より浮かび上がるようにして現れた。
 落ち着き払った声の印象に反し、見た目は随分と若いように思える。
「無礼な小娘め……。まぁ、いい……。今は機嫌が良い。ワシの名は氷澄絹翁……」
 静かではあるが腹にズンッと響く声である。
「氷澄絹翁っ!?」
 その名を聞いた途端、シアンが動揺したか裏返った甲高い声を上げた。
 それもその筈、氷澄家は霧丘家に次ぐ名古屋では第二位の陰陽師家であり、絹翁は先代当主で今尚実質的権力を握り続けている人物。
 ただ、彼は既にかなりの高齢である筈なのに、目の前の若い男が何故絹翁の名を語るのかは解らない。
「車が動かないってどういうことなのよっ!?」
 桜がヒステリックに叫ぶ。
 彼女にとっては絹翁の肩書や権力なんて知ったこっちゃないのだ。
 車が動くか否かの方が余程の重大事なのである。
「フヒヒヒッ……。無礼であることに加えて面白い小娘よな……」
 絹翁は愉快そうに気味の悪い笑い声を上げた。
「良いだろう……。説明してやる。ここが既にワシの結界の中だからだ。この結界の中の空間がワシそのもので、全てがワシの意のままなのだよ……」
「……?」
 何とデタラメな規模の結界なのだと驚愕する場面ではあるが、桜はイマイチ理解出来ずにキョトンとしている。
「ふむ。理屈では難しいと見える……。では、試しにこれはどうかな……?」
ズンッ!
 絹翁が何かをしたようには見えなかった。
「ぐっ……」
 だが、桜達は体が一気に重くなるのを感じた。
(重力を操作してるとでも言うのっ!?)
 瑞穂は咄嗟にそう思った。
 だが、実際にはそうではない。
 威圧されている。
 凄まじい気配による重圧が体を重くしているのだ。
 言うなれば蛇に睨まれたカエル。
「この気配は……。何で? 屋敷の裏に居た筈なのに……」
 杜若は膝を震わせつつも立ち上がった。
 屋敷の裏手から大きな霊気が近付くのを感じたので、こうして屋敷の正面へと逃げて来たのだ。
 なのに、その気配を今は目の前に居る絹翁が発している。
 つまり、杜若が霊力を感知した感覚で物を言えば、屋敷の裏手に居た筈の気配が一瞬で正面へと移動したことになる。
 瞬間移動でもしたか、気配の主が二人いるのか。
 いったいどんな仕組みでこのような現象が起きているのかは全く解らない。
 もし仮に術者としての経験を充分に積んでいたとしても、この状況下で事態の全貌を把握することは難しかっただろう。
 屋敷の裏から表と言えど広大な吉岡邸を通り抜け、これ程大きな霊力を瞬時に移動させたのだ。
 普通では考えられない。
 まだ、手品か奇術だと言ってもらった方が合点がいく。
「ぬわあああぁぁぁっ!」
 何とこの状況で、桜だけがへっちゃらで絹翁に向かって突進して行く。
 絹翁の発する重圧など物ともしない。
 黄金色の炎を纏った両の拳でもって絹翁に攻撃を仕掛けた。
「ほほう、物怖じをせん娘だっ!」
 右手左手と振り回して絹翁を捕まえようとするが、難なくかわされてしまう。
 そして、絹翁は桜の懐にスッと入り込むと、彼女の眼前をまるでハエでも払うかのような仕草をする。
ボォンッ!
 黒い炎を上げて爆発が起こる。
「うぐっ!」
 桜は咄嗟に腕を十字に組んで防御の姿勢を取る。
 だが、衝撃は凄まじく耐え切れずに吹っ飛ばされた。
「ぐっ……」
 しかし、彼女の身体能力の素晴らしいことに、四肢を付いてまるで猫のように着地する。
「オホッ! これは見事見事……」
 これを絹翁は手を叩いて喜んで見ていた。
 きっと、軽業師の芸を見て称賛するような感覚なのだろう。
 だが、曲がりなりにも戦いの最中である。
 言われた桜の方からすれば、馬鹿にされているようで腹が立つ。
「馬鹿桜っ! いきなり飛び掛かってんじゃないわよっ!」
 瑞穂が叫ぶ。
 桜はこの時、馬鹿にされるより、直接馬鹿と言われる方が頭に来るものとだと知った。
 更に後方へ跳び退いて一言。
「馬鹿って言うな馬鹿っ!」
 もちろん、瑞穂は無視をする。
「さぁて、次は私の番ね……」
 瑞穂は真紅の槍赤雷をヒュンヒュンと音を鳴らして振り回す。
「瑞穂、待って……」
 杜若が制す。
「私、あの人と話をしてみたい……」
「へっ?」
 ただ、その理由があまりに素っ頓狂なので、瑞穂は変な声を上げてしまう。
「話し合うって悪霊と? そんな馬鹿な……」
 もちろん、説得に応じて成仏したという事例が無い訳ではないし、話し合いで本当に解決したならばそれ以上に良いことは無い。
 だが、目の前に居る悪霊からにじみ出る凶悪で強大な霊力からすれば、交渉の余地など微塵も見付けられない。
 単純な話。
 今の状況であの悪霊の立場ならば単純に圧倒的な力で押し切れば良いだけなのだ。
 だから、あの余裕。
 実に腹立たしい。
「瑞穂があの悪霊を確実に仕留めることが出来るなら、私は何も言わない……」
「……」
 正直、瑞穂は何の手立ても持ってはいない。
 相手が強引に押し切る気になる前に、戦闘の中で何とか攻略の糸口を掴まねばならないと考えたのだ。
 もちろん、糸口を掴むのが自分でなくて、戦闘を見ていた仲間であっても構わない。
 そんな瑞穂の覚悟を杜若は敏感に察していた。
「解決の為じゃない。アイツを倒すためにアイツと話をするの……」
「え?」
 杜若はボソボソと呟くようにして言った。
 それでも瑞穂は一言一句聞き逃さなかったが、言ってる内容の意味まで理解出来ずに戸惑った。
 でも、ピンと背筋を伸ばして歩く姿に、彼女の内にある自信のようなものは感じた。
 一瞬、その背中を黙って見送りそうになったが、彼女を守るのが自分の仕事である。
 瑞穂はすぐさま杜若の背を追う。
 やがて、絹翁に睨みを利かせる桜の横まで来ると、杜若は足を止めた。
「氷澄絹翁っ! あなたは人の家にコソ泥みたいに入り込んで……。何が目的なのっ!?」
 杜若にしては気を張って大きな声を出した方だ。
 ただ、これだけ強大な霊力を垂れ流している自己主張の激しい存在を、コソ泥呼ばわりとは中々皮肉が効いている。
「クククッ……。確かに他人の家に土足で踏み込むような真似をしているのだからな。無礼と咎められても仕方無い。だが、ワシの目的は吉岡杜若の身柄ひとつ。目的のため略奪に押し入ったのだ。今更無礼を詫びる気など無いぞ……」
 杜若の可愛らしい威嚇では絹翁は全く動じない。
「私をさらってどうするつもりなの……? 自分で考えてみても利用価値があるようには思えないけど……」
 本人に言わせれば、杜若は鈍臭いただの娘でしかない。
「用も無用もお前が自分自身で決めることではない。全てはワシの決めることだ」
 かつて当主として氷澄家を率いた絹翁らしい言葉だ。
「ワシは吉岡杜若に流れる皇帝の血を必要としている。お前に氷澄の子を産ませ、その子を中心に据えて名古屋をひとつの国に作り上げる。これがワシの目的だ」
 絹翁は狂った夢物語を自慢気に披露する。
 もちろん、こんな妄言に共感を覚える者などここには居ない。
「従うか否かは私の決めることなんだよね……? もちろん、断固拒否させて頂きます」
 杜若はキッパリと言い切った。
 彼女の左右に控える桜と瑞穂もウンウンと大きく頷いていた。
「フンッ、お前の意思などどうでも良いわ。力で従わせるのみ……」
 絹翁は鼻を鳴らすと、勢いよく腕を振った。
 すると、空中に何本かの黒い筋が現れそれらが真っ黒な蛇へと変化する。
 最初に右腕、続いて左腕を振ると、合わせて十匹以上の蛇が出現した。
 蛇達はボタボタッと鈍い音を立てて地面に落ちると、真っ直ぐ杜若達の方へと地を這い迫る。
 だが、蛇達は瑞穂の槍と桜の拳撃によって簡単に倒されてしまう。
「では、これはどうかな……?」
 今度は何も無い空間から突如、眼前に大きく口を開けたワニが現れた。
「ぬんっ!」
 それでも桜は見るや否や臆することなく殴り飛ばしてしまった。
「チッ……。ならば次は……」
「無駄です。手品の種はバレました」
「何だとっ!?」
 これまで余裕の表情を決して崩さなかった絹翁が、杜若の言葉に狼狽した。
「何が解ったと言うのだ……?」
 だが、絹翁はすぐさま平静を取り戻す。
 こんな小娘に解る訳が無いと思い込むことにより、彼自身の自尊心を保っているのだ。
「あなた、人間ですよね……? 厳密に言えば、氷澄絹翁という悪霊が操る別の誰かと私達は対面している。そういうことなんでしょ?」
「いかにもこの身体はワシの孫氷澄継興のものだ。血縁者だけあってよく馴染むわい……」
 絹翁はそれがどうしたと言わんばかりに鼻でせせら笑う。
 手品の種明かしと豪語する割には大したことは無いと安堵する。
「そう、悪霊は対象に憑依して、内側から操ると思い込むから間違うんです……」
 杜若の話はまだ終わっていない。
 ここからが本題だ。
 最近、杜若は来島の指導と修行の過程で、霊力の流れを読むことに天才的な才能を持っていることが判明した。
 だから、絹翁が継興の体に憑依しているという状態に違和感を覚えた。
 杜若は屋敷の中に居る時から絹翁の強大な霊力を感知していたのだ。
 だが、実際に対面した時にはどうだ。
 闇の中に紛れてしまって最初はその姿に気付かなかったくらいだ。
 更に言えば、屋敷の裏側に居た大きな気配と、表側に現れた微弱な気配の絹翁。
 それが一瞬のうちに混ざり合い、ひとつになって目の前に居る。
 それらを踏まえると杜若の中に、確信に近いある推論が組みあがった。
「あなたの本体はその継興って人の身体じゃない。結界の中の空間そのものなんですよ。だから、あなたは自分の気配や悪霊を屋敷の何処にでも出現させることが出来た。そうでしょ?」
 これで神出鬼没に現れた悪霊達や絹翁の気配が瞬間移動したように感じた理由が解明された。
「ふむふむ、中々の慧眼恐れ入る……。だが、仕掛けが解っただけだ。状況がひっくり返った訳ではあるまい……?」
 絹翁はまだ余裕の笑みを崩さない。
 確かに、場の主導権はまだ絹翁にある。
 でも、杜若にとっては仮説に確信を得る方が重要だった。
「お願い。ちょっとだけ時間を稼いで……」
 杜若が絹翁に聞かれないように、桜と瑞穂に届くよう小さな声で言う。
「は?」
「へ?」
 咄嗟のことで理解が間に合わず、二人して間の抜けた返事をするものだから、絹翁から見ても何かを企てようとしていることは容易に想像がつく。
 だが、この瞬間には杜若は既に駆け出していた。
「えっ? 私……?」
 真っ直ぐ向かう先はシアン。
 辿り着くや否や彼女の腰に手を回して抱き付いた。
「えっ? えぇっ!?」
 シアンの動揺など意に介せず杜若は言う。
「今すぐ真上を撃ち抜いてっ!」
 何が何だかよく解らない。
「いいからっ!」
 シアンは言われるがままグロック17の銃口を空に向け、引き鉄を引いた。
ズドオオオオォォォンッ!
「……」
 放ったシアン自信も驚きのあまりに声が出ない。
 シアンの使うオーラバレットという術は弾の込められていない銃身から、己の霊力を弾丸として発射するというものである。
 通常ならば弾丸と言っても憚りのない大きさの凝縮された霊気が発射されるのだが、これはどうだ。
 明らかに銃口の大きさを無視した、バスケットボールをひと回り大きくしたような塊が空へと放たれたのだ。
 それは黄金色の光を放ちながら真上へと物凄いで飛んで行く。
 この場の誰もが言葉を吐く暇も無い程に、あっと言う間の出来事だった。
ズバアアアアァァァンッ!
 大きな炸裂音が轟く。
 放たれたそれはそのまま結界を貫くかの勢いだったが、結界の表面に到達すると意外にも潰れて爆ぜた。
 だが、その爆ぜる勢いは凄まじく、球状に張られた結界の上部には大きな穴が開き、内部には黄金色の霊気が雨の如く降り注いだ。
「これはっ!?」
 早速、絹翁に異変が降り掛かる。
 パッと見ただけで判るような変化ではないが絹翁には重大事である。
 杜若は結界の内部空間そのものが絹翁であると言ったが厳密には違う。
 黒い霧のように見える粒子ひとつひとつが絹翁なのだ。
 つまり、結界に穴が開くことによって、そこから粒子が外に拡散し内部の密度が薄まれば絹翁が弱体化することとなる。
 更に、降り注ぐ黄金色の光は神気である。
 絹翁の障気をはらんだ霊気とは真逆の存在であり、このままでは浄化され消滅してしまう。
「おのれえええぇぇぇっ……」
 ここまでの芸当をやるとは思わなかった。
 杜若を小娘と侮った報いだろう。
「おおおぉぉぉっ!」
 こうなれば絹翁がすることはだたひとつ。
 この広大な敷地の中に散りばめた己という存在を、今この場に掻き集めるのみ。
 ともかく、この光の雨をやり過ごさねばどうにもならない。
 周囲を包んでいた黒い粒子が煙の形を成し、渦を描くようにして絹翁に吸い込まれてゆく。
「ううっ……」
 シアンが片膝を着いた。
 無理もない。
 杜若が無理矢理流し込んだ大量の霊気を圧縮して、一気に放った訳だから反動が無い訳がない。
 それにしてもあの弾丸は大きかった。
 いや、弾丸と言うより砲弾と言った方が良いだろう。
 言うなればあれは、オーラバレットではなくオーラシェルだ。
「ゴメン……。シアン……」
 こうなることは判っていたが、これしか方法が無かったのも事実。
 そうだったとしても、やはり杜若は申し訳無い気持ちでいっぱいになった。
「大丈夫。一撃お見舞いしてスカッとしたよ。アンタはよくやった……」
 シアンは膝に力を込めて立ち上がると、杜若の頭をワシャワシャと撫でてニッコリ微笑んだ。
 周囲の黒い霧が段々と薄らぐと共に、茜色の陽光が差し込んでくる。
 その光の中に溶けるようにしてシアンの姿は見えなくなった。
「シアンっ!?」
「そんな……っ!」
 この瞬間になるまで、桜と瑞穂はシアンの身に異常が起きているなど気付きもしなかった。
 突如、シアンの姿が消滅したことに狼狽する。
(シアン……)
 杜若は霊気の流れを見ることに長けている。
 ここでシアンに会った瞬間には、彼女が色濃い障気により作り出されたこの世ならざる存在であることに気付いた。
 いわゆる悪霊である。
 それでも、生前と変わらぬ姿と人格でもって杜若達を助けたのは、彼女の強い精神力と深い愛情の賜物であると言えよう。
 そんな彼女に神気を注ぎ込み、更に障気を散らして消滅を促してしまった。
 理屈の上ではどう考えたって仕方の無いこと。
 まさか、完全に悪霊化したシアンを屠れと言うのも酷な話であろう。
 誰も杜若を責めることはしないだろう。
 そうだとしても、やはり杜若の胸中を自責の念が締め付けるのだ。

 シアンが消えたその場所を桜と瑞穂は微動だにせず刮目していた。
 その様子はまるで風景の中に消えていったシアンの姿を、眼に焼き付けているかのようだった。
 時は母のように時には姉のように慕ったシアンの死は、この二人にどれだけ大きな喪失感を与えただろうか。
「殺すっ! 百回殺すっ!」
 桜は絹翁の方に向き直ると、獣が吠えるみたいに憎しみの言葉を吐いた。
 その周囲を凍てつかせんばかりの殺意に満ちた眼差しは、死して悪霊と化した絹翁を再び死の淵へと叩き込むと言わんばかりだ。
 拳を強く握って肩をいからせて歩く様はまさに復讐の悪鬼。
「止まりなよ……。今の状態で近付いちゃダメだ……」
 瑞穂は赤雷の切っ先でもって桜を制した。
「瑞穂……。刃を向ける相手を間違えてるんじゃないの? 今ならアイツは動けないんだからチャンスじゃん……」
 桜は赤雷を掴むと切っ先を自分の心臓辺りにまで持ってきた。
 刺すなら刺せと言わんばかりだ。
 言葉は怒気を孕み、激怒に血走った眼に映れば誰であれ破壊し尽くすだろう。
 もちろん、その破壊衝動は黒い煙を取り込み続けてブクブクと膨れ上がる絹翁へと向けられている。
 だが、それを阻むというのなら、己の半身とも言える瑞穂にだって向けざるを得ない。
「確かに今のアイツは動けないだろうね……。でも、考えてごらん。悪霊は怒りや憎しみで動いてるんだ。今のアンタが近付いたらエサを与えるようなもんだよ……」
「……」
 流石にそう言われてしまっては桜も固く握った拳を解かざるを得ない。
「いくらアンタでも、アイツに与するような真似をするんだったら許さない」
 その言葉を聞いて、瑞穂もまた自分と同じ気持ちなのだと知った。
 ただ、瑞穂の方が少し冷静だったというだけ。
「解った……」
 桜は赤雷から手を放した。
「それで、どうやって倒すつもり……?」
 自分自身が短絡的であることは充分理解している。
 瑞穂に意見を求める。
 それこそ桜にとって単純で明解な理論的行動。
「今はまだ熱くてドロドロの状態だからね……。あんなのに取り込まれたら堪ったもんじゃない。冷えて固まったところで正体を見極めて、叩き壊してやりましょうか……」
 絹翁は未だ黒い煙を吸い続け、漆黒の塊と化しただけでまだ形を得ていない。
 その様子を瑞穂はガラス細工の工程に例えてみたりした。
「それでいいかしら? 杜若……」
「うん、それでいいと思う……」
 いつの間にか、二人の間に杜若が立っていた。
 その手にはシアンの愛銃グロック17が握られている。
 これを杜若が扱えるかどうかは判らない。
 だが、これを握ったということは彼女もまた闘う意志があるということだ。
 この三人のうち、誰を欠いても絹翁に勝てはしないだろう。
 この時、不思議と三人が三人とも同じことを考えていた。
 一方、絹翁は継興の身体も飲み込んで、黒い塊として宙に浮いている。
 黒い霧も光の雨も消え失せて、周囲は夕焼けが染めていた。
 絹翁はモゴモゴと不気味にうごめいたかと思えば、やがて手が生え足が生え人間のような形を作る。
 いや、妙に姿勢が前傾であるところを見るとこれは類人猿のようでもある。
 結局、何になったかと思いきや、体長約六メートルという大きく黒い狒々の姿であった。
「杜若、どうしたいい……?」
 答えなんて聞かずとも判る筈なのに瑞穂は敢えて聞いている。
 桜は何も言わないものの、瑞穂と同じ言葉を期待して眼差しを向ける。
「ボコボコにして……」
 杜若はただ一言。
「杜若も言うねぇ……」
 桜は満足気な笑みを見せると一気に駆け出した。
 その後に瑞穂も続く。
 想像以上に光の雨が効いたようで、霊力をより集めても大した力にはならなかった。
 まだ並の悪霊と思えばかなり強い力を残すものの、一時の大きな霊力と比べれば何とも貧弱になってしまった。
 何かの奥の手を隠している可能性も考えたが、杜若自身の霊力と二人の戦闘経験からして強引に攻めて押し切れると判断した。
 案の定、戦いは一方的なものとなった。
 やはり霊力を多く消耗した影響なのか狒々の動きが鈍い。
 桜は狒々の腕を駆け上って頭部に拳撃を叩き込む。
 瑞穂も霊力を込めた槍を構えて突進。
 狒々の脇腹をえぐる。
 次々と面白いように攻撃が入る。
 狒々は何とか反撃を試みようとするが、二人のスピードには全く付いていけてない。
 二人はまさしく杜若の指示通りボコボコにしている。
 杜若もまた。このまま倒してしまって事件の終焉を迎えることを願った。
 だが、それではあまりにも都合良く出来過ぎてはいないだろうか。
 いくら弱っていたとしても、あの狒々の動きは緩慢過ぎる。
 それこそ、わざと攻撃を受け続けているのではないかと思えるくらいだ。
(まさかっ!?)
 そうなると、ひとつの可能性が思い浮かぶ。

(続く)

※禁無断転載

※この作品はフィクションです

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

また明日。
ごきげんよう。

鉄道楽日記 | 2019-06-29(Sat) 17:47:29 | トラックバック(-) | コメント(-)

鉄道楽日記462

鉄道楽日記462

平成の最後にはTOMIXのEF64 1015(バラ売り)を買い、
令和の最初に鉄コレのキハ126(バラ売り)を買う。

鉄に終わって鉄に始まる。
良きかな良きかな。

元号改まりましておめでとう御座います。

令和の御代も良き時代でありますように。

さて、NAGOYA2200の作業も佳境に入りました。
そのことにここで触れても言い訳と泣き言しか出ません。
よって、暫くブログの更新を休みます。

完成披露の際に再びお会い致しましょう。
ではでは。

鉄道楽日記 | 2019-05-06(Mon) 20:13:29 | トラックバック(-) | コメント(-)

鉄道楽日記461

鉄道楽日記461

更新予定日は毎週月曜日になりました。

おいでませ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

オリジナル小説NAGOYA2200(プレリリース版)バックナンバー

01_02_03_04_05_06_07_08_09_10

11_12_13_14_15_16_17_18_19_20

21_22_23_24_25_26_27_28_29_30

31_32

中二病では無い!
中二魂だ!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

十連休か。

何しようかな?

と、思ったら私は九連休でした。

軽い罠です。

どうりで、ここじゃ誰も十連休と言わない訳だ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

大河ドラマなかなか面白いよね。

という訳で学童向け学習漫画で
金栗四三を買ってきました。

確かに彼は日本の長距離競技のパイオニアで、
大河ドラマにしてもおかしくない人物である。

あの箱根駅伝の発案者なんだってね。

俺の知らない、教科書に載らない偉人は
まだまだ沢山いる。

でも、内容的には朝ドラの方が映えるかもなぁ・・・。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あっ!

朝ドラも面白いよね。

じぃちゃんがスゲェいい感じだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

また来週。
ごきげんよう。

鉄道楽日記 | 2019-04-23(Tue) 21:25:06 | トラックバック(-) | コメント(-)

Copyright © 宮地デポ(宮地流寛の作品保管場所) All Rights Reserved. Powered By FC2. 
Template Desingned by 忙しくても毎日を楽しみたい!