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鉄道楽日記426

鉄道楽日記426

更新予定日は毎週月曜日になりました。

おいでませ。

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オリジナル小説NAGOYA2200(プレリリース版)バックナンバー

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中二病では無い!
中二魂だ!

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今回は自分で「ところがどうだ」という言葉が
好きなんだなぁと実感いたしまして候。

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NAGOYA2200第31話(プレリリース版)

 この日の霊能犯罪の発生件数は恐らく郡警察退魔課特務係が始まって以来だろう。
 正確な数はまだ判らないが、まだ四月というのに既に今年度の発生予想件数を大きく上回ることとなった。
 もちろん特務係だけで手が足りる訳が無い。
 この非常事態であるからして、実務係や霧丘家、民間の退魔師団体等々の手を借りて鎮圧に当たっている。
 ここまで規模が大きくなってしまっては現場だけで仕切れる筈もない。
 郡警察本庁に対策本部が設けられ全体の総指揮と各方面への調整を担っている。
 その都合で特務係八坂班の班長である八坂咲映も本庁へと赴いていた。
 ここに来たってやることは大して変わらない。
 警察の退魔師、つまり特務係の八坂班と観崎班、あと実務係に対する指揮を執ること。
 重圧である。
 自分の指示ひとつひとつが各人の生死を決めるかもしれないのだ。
 難しい決断の連続ではあるがグズグズしてもいられない。
 本来ならば同輩で同じく特務係で班長を務める観崎七生の方がこのような役目は適しているのだが、いかんせん彼女は現場に出てしまっている。
 もっとも、昨日までは犬神との戦闘の影響で病院に入っていたのだ。
 それを考えれば優秀な駒として動いてくれているだけで、充分有難いことだと言える。
 もちろん反面心配でもあるが。
(これは……?)
 状況がある程度落ち着き、咲映に全体を見渡す余裕が出来たのは午後七時を回ってからだった。
 ここまでくると新たに発生する現場はほぼ皆無。
 未だ戦闘中の現場には手の空いた班が続々と加勢して鎮静化のスピードを上げている。
 この燻った残り火のような現場が片付けば、すぐにでもこの対策本部は解散となるだろう。
 そんな中で咲映は気付いたことがあった。
 俯瞰でモニターに映し出された名古屋全域の地図。
 そこに本日の霊能犯罪発生地点がバッテンで示されている。
 今日はそれこそ経験したことも無い程の件数であるからして、元の地図の形が解らないくらいにバッテンが埋め尽くしている。
 ところが、番外地である名駅スラムは別として、ある地点を中心とした一帯だけがポッカリと穴が開いたみたいになっているではないか。
 他での発生件数が異常であるから普段と変わらないこの一帯の不自然さだけが余計に顕著となる。
(まさか、陽動の為だけにこれだけの霊能犯罪を起こしたとでも言うの……?)
 自分でもそんな馬鹿げた話があるとは到底思えなかった。
 だが、胸騒ぎは止まらない。
 何故なら、その一帯とは名古屋北部の高級住宅街。
 恐らく中心はデビット吉岡の邸宅。
 故意にこの状況も作り出したというなら、狙いは間違いなく吉岡杜若だ。
 吉岡杜若の持つ黄玉眼の霊力と権威こそが真犯人の本当の目的ではなかろうか。
 そこまで考えが至ると咲映は自分の背筋が凍るのを感じた。
「私の勘違いならそれでいいの。万が一があったら取り返しが付かない。すぐに向かって……」
「了解した。すぐに向かう」
 咲映はすぐさま観崎七生に連絡を取った。
 彼女も事の重大さをすぐに理解したようだった。
 霊能犯罪の発生件数がドンッと跳ね上がったのは午後三時以降のこと。
 今は午後七時を過ぎたところ。
 約四時間が経過している。
 もしも本当に何か起きていたとするなら時既に遅し。
 七生は何らかの結末を見ることになるだろう。

 時はさかのぼる。
 午後三時の時点で氷澄絹継興は吉岡邸の前にまで来ていた。
 どこまで続くのか、広大な吉岡邸を取り囲む壁をマジマジと見詰めていた。
 物理的に外界と内側を隔てる壁に沿うようにして、強力な結界が張られている。
 様々な属性を幾重にも折り重ねたこの結界。
 神仙妖魔の類でも破るのは難しいだろう。
 ここまで見事であると、術者の立場からして見事な工芸品でも見るような心持ちになってしまう。
 思わず手を伸ばしかけてピタリと止まる。
 うっかり触れてしまえば、わざわざ自分の存在を知らしめることとなってしまう。
 折角、邪魔が入らぬようにしっかりお膳立てをしたのに、それを自らブチ壊すような真似をしてはしょうがない。
 他の場所で霊能者達が騒ぎを起こしているうちに、自分は吉岡邸に侵入して吉岡杜若を手に入れるという算段。
 黄玉眼は皇帝の権威の証である。
 それを持つ吉岡杜若を祭り上げることにより、現在名古屋の実権を握っている霧丘家を排斥し、氷澄家がそこに取って変わらんと目論んでいるのだ。
 霧丘の打倒こそ氷澄の悲願。
 今の氷澄継興はまさに霧丘に対する積年の恨みの権化とも言うべき存在。
 彼には祖父である氷澄絹翁が取り憑いており、完全に操られている。
 ここに本人の意識も意思も無い。
 あるのは氷澄絹翁のドス黒い執念と欲望のみ。
 姿形こそ氷澄継興であるが、もう彼のことは氷澄絹翁と呼ぶべきであろう。
 自らの死期を悟った絹翁は衰えた己の肉体を捨て、悪霊と化して孫の継興に取り憑いた。
 だが、継興は術者としては残念ながら凡才。
 肉体と魂の親和性は高くとも到底絹翁の能力と経験を活かし切れるものでは無かった。
 そこで絹翁は親類縁者を殺害し、その魂を喰らった。
 具体的には氷澄家当主氷澄絹彦、次期当主候補である絹彦の子供達、あとは八つある氷澄の分家の当主達。
 素材は申し分ない。
 どれも優秀な術者ばかりである。
 その魂と継興の若い肉体を得たことにより、絹翁は生前を遥かに凌駕する力を手に入れていた。
 だが、代わりに氷澄家が失われてしまった。
 これでは霧丘から奪った権力を受け入れるだけの器を持たないことになる。
 絹翁がただ単純に力だけを求めてこんなことをしたとは考えにくい。
 恐らく、絹翁にとっては氷澄家という家さえ不要な存在なのかもしれない。
 吉岡杜若を祭り上げた後にどのような世の中にしたいのかは、まだ絹翁の口から誰にも語られてはいない。
 だから、絹翁の真意は誰にも解らない。
 ただ、吉岡杜若を手に入れなければ何も始まらない状況であることはよく解る。
(せめて三〇分は待たねばなるまいか……)
 絹翁の行く手を阻む壁と結界。
 すぐさま破壊して中へ赴きたい衝動に駆られるが、そんなことをしては警察の退魔師がすぐさま駆け付け全てが水泡に帰するだろう。
 絹翁が吉岡邸に侵入するのを警察の目から覆い隠す。
 その為だけに名古屋の様々な場所で騒ぎが起こるように段取りをしたのだ。
 今日を待ち焦がれたこれまでの日々を思えば、たかが三〇分待つだけではないか。
 それなりに金や労力を使って今日の為に全国からわざわざ有能な術者達を集めたのだ。
 きっと警察を一時的に機能不全に陥らせるには充分な戦力と言えるだろう。
 ならばその力を存分に振るって貰わねばわざわざ準備した甲斐が無い。
(それにしても退屈な……)
 この周辺に絹翁の興味を引くようなものは何も無い。
 出来ることは延々と続く壁を見続けるか、それとも流れ行く雲の群れを眺めているのかのどちらかである。
(退屈しのぎの話し相手ぐらいは用意すべきだったか……?)
 当初より吉岡邸への襲撃はひとりで行うつもりであり、そのことが外部に漏れることを嫌って誰にも話していない。
 だから、誰かを伴うなど出来よう筈も無かった。
「ククッ……」
 滑稽ではないか。
 忙しい方が余程落ち着く。
 もしも絹翁が老後の余暇など選ぼうものなら、きっと退屈が彼を殺していただろう。
「あのぅ……。ここで何をしていらっしゃるんですか……?」
「ん?」
 何処から現れたのだろう。
 絹翁に声を掛ける者がある。
 まだ継興の身体を扱い切れている訳ではない。
 相手が気配を感じさせない手練れなのか。
 それとも単に羽虫程度の力しか持たず、気配を感じるまでも無い存在なのか。
 どちらなのかは判断しかねる。
 さて、何者なのかと声の方を見ると、そこには女がひとり立っていた。
 白いスーツの色が青空の下に映えている。
 髪の長い女だった。
 内巻きにした髪型が柔らかで優雅な印象を与えている。
「散歩ですよ……。天気が良いのでね……」
 絹翁は邪悪な本性を覆い隠すべく、ニッコリと爽やかに笑って見せた。
 一瞬、この女が警察の退魔師ではないかと疑った。
 だが、自分が氷澄絹翁でその目論見が何なのかを知っていたなら、問答無用で斬り掛かってきたに違いない。
 ならば、彼女が何者であれ、ここは誤魔化し切ってしまうのが寛容。
 ここはひとつ三〇分が経過するまで善良な一般市民を演じ切るというのも良い退屈凌ぎになるのではなかろうか。

(これはちょっとマズイな……)
 霧島善六は自らの軽率な行動を悔いた。
 よく考えるまでもなく、若い女性が怪しい人物を見掛けたからって声を掛ける訳がない。
 そんなことをするのは警察官か民間警備会社の人間くらいのものだろう。
 かく言う善六も探偵と称する警察の小間使いのようなもの。
 だから、このように怪しい男についつい声を掛けてしまった。
 女装姿の探偵として霧島善六の名は名古屋でそれなりに有名である。
 ただし、一言に女装と言っても善六は多種多様な女性に化ける為、一目見て霧島善六と判るのは彼の知り合いか、もしくは余程の眼力の持ち主ということになる。
 現に絹翁も善六の名は聞いたことがあれど、まさか目の前に居る女が霧島善六とは夢にも思わない。
 本当に偶然とは恐ろしいもので、善六がここに居るのは紛れもなく偶然なのである。
 本音を言えば、何事も起きないで静かにすれ違うのが一番望ましい。
 絹翁は己の計画を遂行する為、善六は屋敷の中に居る吉岡杜若を守る為、ここでわざわざ騒ぎを起こすような真似はしたくない。
 出来れば様子を見るに留めたいところ。
 そう、ここですれ違うに留めるのが双方にとっての最良であろう。
 だが、それを運命が許さない。
 善六はタイトスカートの裾に仕込んであった形代をこっそり放った。
 もしも彼が雑把な性格ならばそんなことをしなかっただろう。
 これも性分。
 どうしても、この不審者の存在の屋敷の中に居るであろうシアンに報せて警戒を促したかった。
ヒュルルル……
 絹翁の死角となるよう形代は善六の身体の影から飛び上がる。
ボンッ!
 ところが、次の瞬間には形代は爆ぜる音と共に燃え上がり、消滅した。
「なっ!?」
 一瞬、予想外のことに善六は固まってしまった。
 全く気付いていなかった。
 この怪しい男はいつの間にか微弱な霊的結界を自分の周囲に張っていたのだ。
 いや、もしかしたら気付かないうちに、善六が既に張られた結界の中に足を踏み入れたのかもしれない。
 何にせよ善六に気付かせないのだから、かなり高度な結界であることには間違いない。
「貴様、何をしようとしたっ!?」
 絹翁が声を荒げた。
 表情も鬼の形相と化していた。
 たった一枚の形代で、自分が長い年月を掛けた目論見が全て砕かれると思えばそうもなるだろう。
「えっ!?」
 一方、善六はそんな事情など知る由も無い。
 ただ、自分の居場所を知られるのをこんなに嫌うとは、何か良からぬことを企んでいるのだろうと察することが出来る。
 目的は十中八苦吉岡杜若にあるだろう。
 もちろん、そんなこと許す訳が無い。
「お前こそ、ここで何をしようとしているっ!? 何者なんだっ!?」
 善六は荒々しく声を出して問う。
 この声を誰かが聞きつけて騒ぎになってくれればと微かに期待する。
 だが、ここら高級住宅地は人通りが少ない。
 望みは薄いだろう。
「……」
 もちろん、絹翁が善六の問いに答える訳が無い。
 沈黙を返すのみ。
 この期に及んで言葉など何の用も成さない。
 実力行使あるのみ。
 絹翁は駆け出すと善六との距離を一気に詰めんとする。
「!?」
 人間離れした尋常でないスピード。
 まるで獣だ。
「チッ……」
 もちろん、善六はわざわざ接近戦に付き合うつもりはない。
 かと言って跳び退いただけで逃げ切れるものでも無さそうだ。
「光よっ!」
 そこで善六は逃れつつ自分の袖から護符を引き抜き放った。
 護符は光を放ち、周囲は閃光に包まれた。
 言うなれば目くらましだ。
 こんなものをまともに見たら目に焼き付いて暫く目が利かなくなる。
 咄嗟に目を覆った善六と違って絹翁はどうだ。
 何と、ものともせずに突っ込んで来るではないか。
ガシッ!
 善六に次の行動に移る暇を与えない。
「うぐっ!」
 絹翁の右手は善六の喉元をガッチリと掴んでいた。
 その手がまるでぐぐっと伸びたように見えて逃れることが出来なかった。
 物凄い力で呼吸が出来ない。
 このままでは意識を失ってしまう。
「ヒヒッ……。助けを呼んでもいいのだぞ。声が出ればの話だがな……」
 そのニヤニヤ笑いが腹立たしい。
 それにしても、あの閃光をまともに喰らっておきながら、何故平然として居られるのか。
 よく見れば、絹翁の顔は善六の顔の方を向いているものの、両の眼は焦点定まらず善六の方を向いていない。
 実は絹翁、目が利いてないのだ。
 それでも問題無く動けるのは、彼が魂を喰らった身内の中に視覚に頼らずに動ける者が居たからこそ。
 今の絹翁を相手にすることは即ち、氷澄家歴代の術者達が作り上げた様々な特技特性に対処しなければならない。
 それこそ考えようによって百人の術者を同時に相手にするよなものでもある。
 もちろん、善六がそのようなことを知る由も無い。
 それよりも今は自分の喉を掴む手を振り払わねばならない。
 片手なのにギリギリと凄まじい力で締め上げる。
 このままでは窒息するか喉を握り潰されるかのどちらかである。
ザシュッ!
 飛び散る鮮血。
 善六は護符でもって絹翁の手首に傷付けた。
 霊力でもって硬度を与えられた護符は、まるでよく研いだカミソリの如くである。
 思わず絹翁が手の力を緩めたのを見逃さず、善六はその手を振り払った。
「ゲホッ……」
 勢い余って尻餅をついてしまったが格好など構っていられない。
 体が酸素を求めるに任せて大きく息を吸い込む。
「ほう……」
 絹翁は血のしたたる自分の右手を何やら珍しい物でも見るような表情で眺めていた。
 厳密に言えばこれは継興の肉体なので、感じる痛みも含めて他人事のようにしか思えないのだろう。
「この程度……」
 絹翁はそのように呟くと右手の傷に左の掌を当てがった。
 ほんの五秒程傷を押さえていたかと思うと、跡はキレイに消えてしまった。
 まるで手品でも見せられているかのようだ。
「それにしても、貴様があの噂に聞く霧島善六とはなぁ……」
 唐突に絹翁が呟く。
「!?」
 もちろん、名前など名乗っていないし、正体がバレるようなことをした覚えもない。
「何故判ったのか見当も付かない……。そんな顔をしておるなぁ……」
 ニヤニヤと笑いながら見下すような表情。
(記憶の中でも覗いたとでも言うのか……?)
 そうとしか思えない。
 霧島善六は姿形だけでなく、表層心理までも別人になりすますことが出来る。
 つまり、相手の心を読む位程の能力では、霧島善六という名前にまで辿り着く筈が無いのだ。
(これはマズイ……)
 初めから善六の記憶を覗いた訳では無さそうなので、能力の発動にはそれなりに条件があるのかもしれない。
 そうだとしても、自分の記憶の中から万が一にも吉岡杜若の存在を知られるようなことがあってはならない。
 こんな得体の知れない相手から杜若を守る為に選ぶ行動は逃げの一手のみ。
 踵を返して駆け出そうとする。
 周囲を囲う結界からは微弱な霊力しか感じない。
 これならば破るのも容易いと踏んだのだ。
 ところがどうだ。
 破るどころか硬い壁にでもぶつかったみたいに弾かれてしまった。
 駆け出そうとした運動量がそのまま自分に返って来たから、善六はもんどりうって倒れてしまう。
 ひっくり返って青い空を仰ぎ見る。
 すると、そこに割って入って遮るものがある。
「何を焦っているのだ……?」
 絹翁がしゃがみ込み善六の顔を覗き込んだ。
「ほほう、やはり吉岡杜若のことを隠しておったようだな……」
 まるで全てを見透かしたと言わんばかりの得意気の顔。
「何故……?」
 頭の中を覗かれている。
 そのことに関しては既に善六は諦めることにした。
「ふむ……。記憶の盗み方を知りたいようだな……。だが、これは氷澄の秘術なのだ。企業秘密ってヤツで教えられんよ……」
(氷澄っ!?)
 絹翁が調子に乗ったか思わず出た言葉を善六は聞き逃さなかった。
 これまで霧丘家の後塵を拝し続けた氷澄家が、黄玉眼の権威を求めるのは当然のことと言えるだろう。
 最盛期と思えば勢力はかなり衰えたものの、霧丘家を追い落とそうとする執念は未だ激しく燃え続けていると聞く。
 その為には手段は選ばない。
 外道と呼ばれることもいとわず外法に平気で手を出す。
 恐らく吉岡杜若を狙う目的は、彼女をさらって氷澄の子を産ませようと言うのだろう。
 おぞましい。
 もちろん、そんな目的があるというのなら許す訳にはいかない。
 だが、残念ながら善六に目の前の術者を止めるだけの力は無い。
 そして、助けを呼ぶため逃げることも出来ない。
 ならば取るべき手段はひとつ。
(これだけは使いたくなかったな……)
 善六は覚悟を決めた。
「自爆か? それは無理だ……」
「!?」
 絹翁はまるでハズレくじでも引かせたみたいに得意気な顔をする。
 確かに善六が使おうとしたのは式神爆弾と呼ばれる禁術。
 元来は自分の使役する式神に過剰な霊力を注ぎ込んで自爆させるという、特に要人暗殺などでよく用いられる術である。
 十五年前に善六の父はこの術で殺され、つい最近も父の相棒だったローウェンも犠牲となった。
 善六はこの術を憎み忌み嫌っている。
 だが、目の前に居る得体も知れず底も見えない敵に対して、咄嗟に思い付いたのがこの式神爆弾だった。
 しかも、霊力を込めて爆ぜさせる対象は式神ではなく善六自身。
 式神爆弾を扱う際に誤って術者自身が暴発してしまうという事故を逆手に取ったのだ。
 いくら思考を読み取ったところで、これだけの至近距離で爆発が起これば絹翁も無事では済むまい。
 不可避の状況。
 この男は自分が自爆しようとしていると知りながら、何故このように平静を保っていられるのか。
 そこが引っ掛かるが構っていられるような状況ではない。
「……!?」
 善六は迷うことなく式神爆弾を発動させた筈だった。
 ところがどうだ。
 不発である。
「気付いておらんのか……? お主の霊力の流れは既に狂わせてあったというに……」
 痛くもなければ痒くもないので気付かないのもあるのかもしれない。
 だが、感覚そのものが狂わされているのは確かなようである。
 善六の感覚では確かに己の中に練った霊力が蓄積するのを感じた。
 なのに実際にはどうだ。
 絹翁の言う通り、確かに空っぽなのだ。
 こんなことに気付かないとは駆け出しであれ不心得者であれ有り得ない話である。
 それにしても絹翁はいつの間にそんな細工を善六に施したのか。
 善六はハッとなり己の喉元を触った。
「御名答……」
 その仕草を見て絹翁はニヤリ満足そうに微笑んだ。
 そう、絹翁に喉元を掴まれたあの時点で善六は術者としての自由を奪われていたのだ。
 実に腹立たしい話ではないか。
 以降のやり取りは絹翁にとって茶番だったことになる。
 残念ながら善六に打つ手は残されていない。
 後は憎しみと殺気に満ちた眼差しを向けるのみ。
「フフッ……。そう悲観するな。お主はまだ殺さんよ。事の顛末を見届けるという大事な仕事を用意しておいたのだからな……」
 そう言って絹翁は善六の額をデコピンで小突いた。
 その衝撃はほんのちょっと触った程度のものだったがかもしれない。
「ぎゃっ!」
 だが、善六の身体がビクンッと跳ね上がった。
 まるで全身に電気ショックが走ったみたいだ。
 たかがデコピンなのに剥き出しの神経に触ったみたいではないか。
「霊力の流れを握っておる訳だからな……。下手に抵抗せぬ方が良いぞ。変なところを触って死んでしまうかもしれん……」
 下卑た笑みに反吐が出る。
 抵抗してその顔をぶん殴ってやりたいところだが、身体がビリビリ痺れて身動きがままならない。
 そんな善六の足首を絹翁はむんずと片手で掴むと、信じられない怪力で吉岡邸の壁へと投げ付けた。
 善六はこのまま壁へと叩き付けられて死んでしまうのかと思った。
 ところがどうだ。
 壁は何の感触も無くすり抜けてしまい、善六が落ちたのは壁の内側の芝生の上だった。 その後、絹翁もまた壁をすり抜けてゆっくり入って来る。
「不思議そうな顔をしておるなぁ……」
 転がっている善六を眺めながら言う。
 確かにおかしい。
 投げ込まれた善六、そして侵入者たる絹翁。
 物理的に壁をすり抜けるという妙術もさることながら、重ねて高度な結界をもすり抜けるとはにわか信じ難い。
 壁に沿うように張られた結界は幾重にも術式が重ねられたもの。
 こっそりくぐり抜けるなどの芸当は不可能。
 強引に破って入ったとするなら、それは必ず結界を管理する術者の知るところとなってしまう。
 特に吉岡邸は警備が厳重であり、常駐の警備員のみならず郡警察へのホットラインも備わっている。
 どういった仕組みか壁には全く損傷は見当たらない。
 だが、結界は確かに通過したのだから、サイレンが鳴り響いて屈強な警備員や退魔師達が駆け付けてもいい筈なのだ。
 むしろ、身動きの取れない善六にとってはそれこそ唯一の望みと言っても過言ではない。
 ところが、善六の耳に届くのは絹翁の発する不快な声と、せいぜい鳥の囁きくらいなもの。
「理屈は簡単……。元々あった結界を覆うようにしてワシの式神に結界を張らせたのだ。これだけ大きな屋敷だから骨が折れたぞ」
 なるほど、絹翁の結界で覆い隠してしまえば、その中の結界がどうしようが外部からは感知出来なくなる。
 仮に結界の中に管理者が居たって外部と遮断されてしまえば袋のネズミである。
 後はじっくりと対処すればいい。
 それにしても腹立たしい。
 言うのは簡単であるが、この広大な吉岡邸の周囲にこの短時間で結界を張るなんて常識では考えられない。
 しかも、いくら式神を使ったとはいえ、善六と対峙する中でやってのけたのだから恐ろしい。
 善六はこの男の前では実に無力である。
 事実、現状では指のひとつも動かせない。
 まるで嵐が通り過ぎるのを待つかのように、大きな災害を前にしたような虚無感を抱いてしまう。
「くうぅ……」
 本来ならば歯ぎしりをして悔しがるところだが、残念なことにその力も入らない。
 口から虚しく空気が漏れ出るだけである。
「暫くすれば身体も元に戻る……。それまではそこに転がっておるが良い。もっとも、その時には何もかもが終わっておるであろうがな……」
 絹翁は喉で笑いながら去ってゆく。

 確かに警報も何も鳴りはしなかった。
 だが、屋敷の中に居たならば絹翁の重く澱んだ圧倒的な霊気に気付かないなんてことは有り得ない。
 自室で学習していた杜若は、急に背中を撫でられるような気色の悪さを感じて跳び上がるようにして立ち上がった。
 よりによって偶然にも杜若が屋敷の中に居るこのタイミングで侵入者とは。
 今日は臨時の半日授業で昼過ぎには屋敷に戻っていた。
 何でも校舎の防犯システムに不備が見付かったので改修の為だとか。
 昼からは部活動等々も全面禁止で、生徒も教職員も全員が校舎から追い出され、寄宿舎に押し込められることとなった。
 杜若は黒川学園の中では珍しく通いの生徒。
 なので居場所が無いから帰ってきたという次第。
「杜若っ!」
 部屋の扉がバンッと勢いよく開いた。
「さささ桜っ!?」
 これはかなり驚いた。
 鼓動がひどく高鳴る。
 杜若は自分の心臓が止まってしまうんじゃないかと思ったくらいだ。
 無遠慮にも杜若の部屋に勢いよく飛び込んで来た赤髪の少女。
 彼女は霧島桜。
 杜若のボディーガードであり、学校生活を送る杜若を警護する加減で学友という立場も兼ねる。
 元気溢れる明るい性格ではあるが、大雑把で直情的に行動してしまうところが珠に瑕である。
「ちょっと桜……。そんな勢いよく突入したら杜若が驚くとか考えないの……?」
 桜の後から呆れた顔をしつつ銀髪の少女が入って来た。
 彼女は観崎瑞穂。
 桜と同じく杜若のボディガード兼学友を務める。
 桜と比べると性格はクールで大人びた印象を与える。
 見事に性格の違ったデコボココンビなのだが、二人とも名駅スラムに生まれた孤児で、同じ組織に育てられた経緯もあり、普段は減らず口の叩き合いをしているくせに何かを一緒にやらすとピタリ息の合うところを見せる。
 良くも悪くもお互いのことを知り尽くしているからこそ出来ること。
「ゴメン杜若……。桜が阿保で……」
 瑞穂は杜若に向かって大変申し訳無さそうに深々と頭を下げる。
「阿保って何よ。阿保って……」
 河豚のように頬をプゥッと膨らませる桜は取り敢えず無視。
「多分、杜若も気付いてると思うんだけど、この気配……。かなりヤバイ奴が入って来たみたい……」
 杜若は緊張した面持ちでコクリと頷いた。
 こんな大きく邪悪な気配は感じたことがない。
 空気が重く粘り気を帯びたような気がして苦しく、手足も思い。
バンッ!
「!?」
 いきなり背中を叩かれた。
 杜若は驚きのあまりに息が止まるんじゃないかと思った。
「杜若、呑まれちゃダメだよ……」
 気付けば目の前に桜の無邪気な笑顔。
 よくもこんな時にと思うが、これが彼女の強みでもある。
「そうだね……」
 杜若は硬いながらも何とか作り笑顔を見せた。
 まだ姿も見せないのに、こんなに委縮させられては悔しいではないか。
「杜若は私達の大将なんだから、なるべく堂々としてて欲しいよね……」
 そう言って杜若の肩をポンポンと叩く。
「そんな大したこと無いし……。私は……」
 杜若は俯く。
「ゴメンネ。今回ばかりは私達が守ってあげるって、言ってあげられそうにも無いのよ……」
 そう言って瑞穂は悲しいような困ったような複雑な表情で微笑む。
「……」
 これがいったい何を意味するのか。
 現実から目を逸らしてしまいたい。
 瑞穂の言いたかったことは、杜若は既に警護対象ではなく自分達に欠かせない戦力であるということ。
 ただ、それを口に出して言ってしまうと、自分達がここに居る理由を根底から覆してしまうから言わないだけ。
 杜若は両の拳を強く握りしめていた。
 自分で自分を守れるようになりたいと願ったのは杜若自身なのだ。
 その為に術者としての修行も始めている。
 ただ、その成果を発揮するには時期尚早だし、気配から察するに初心者の腕試しには荷が重過ぎる。
 でも、桜と瑞穂の様子からしてこの状況から逃げることも難しいと理解している。
 もう、やるしかない状況なのだ。
「よし、やろう……」
 そう口に出して言った途端、杜若は自分の体が軽くなったような気がした。
 桜と瑞穂も杜若の言葉に黙って頷いていた。

(続く)

※禁無断転載

※この作品はフィクションです

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また来週。
ごきげんよう。
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鉄道楽日記 | 2018-08-19(Sun) 21:00:38 | トラックバック(-) | コメント(-)

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